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「これお前が引き取ってくれ」
「は?」
「そうだ、そうだよ。受け取ったのお前なんだから俺じゃなくたっていいんだ。な? そうだろ?」
なにを言われているのかすぐには飲み込めなかったが、爛々と光る血走った目を見て恐ろしくなった。Kさんはあえて軽い調子で答えた。
「いやいやいや……何言ってんですか。Sさんに渡してくれって言われたんですよ」
「そんなの黙ってりゃわかりゃしねえから。お前、これ、持って帰れよ」
「いや、無茶言わないでください」
「だってお前が受け取ったんだから。俺じゃない」
明らかに様子のおかしいSさんに困惑したKさんの脳裏に、男の言葉が過った。
――Sさんにも困ったもんです。どうしたって受け取らなきゃならんのに。次はSさんちの番なんですよ。
「次はSさんの番だってあの人言ってましたよ。Sさんが受け取らなかったら、わかるんじゃないんですか」
その途端、Sさんの顔は紙のように真っ白になった。Sさんは再び頭を抱え、うずくまった。
「嫌だ、なんで俺が」
「Sさん……いったい何なんですか。あの人、誰なんですか」
Sさんは頭を抱えたまま震えていたが、やがて蚊の鳴くような声で言った。
「持ち回りなんだ」
「え?」
「持ち回りなんだ。次はうちに回ってくるって、なんとなく知ってた。でもずっと俺には関係ないと思ってた。だから知らないんだ俺は。なんで俺なんだ、他にもいるのに。嫌だ、できない、できないよ、俺には無理だって」
Sさんの言葉は、Kさんに話しているというより独り言に近かった。しかも次第に涙声になっていくので、Kさんは絶句してしまった。
そのとき、事務所の電話が鳴り、Kさんは飛び上がった。慌てて受話器を取ると、取引先からだった。
短い通話を終え、ふと気づくと、Sさんがいなくなっていた。あの段ボール箱もなくなっていた。
それ以来、Sさんは会社に来なくなった。聞いた話では、突然辞表を出したらしい。故郷に帰った、という。
「お父さんが亡くなったそうでね。まあ、色々あるんでしょうよ」
事務の女性は訳知り顔で言った。
Kさんはあの夜のことを誰にも話さなかった。ほどなくしてKさんは会社を辞めた。
「あの頃、よく夢を見たんです。Sさんがあの段ボール箱抱えて事務所の入り口にぼーっと立ってて、『やっぱりダメだったからお前が引き取ってくれ』って言う夢。ちょっとやばいなって思ってね。いまだにちょっと怖いんですよ。いつかSさんがあれを届けに来るんじゃないかって」
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