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Kさんは三十年ほど前、東京の小さな印刷会社で働いていた。今はその会社も倒産してしまって、もうない。
なにかと残業の多い仕事だったのだが、その日も遅くまで会社に残る羽目になった。残業の相方は、Sさんという同僚の男性だった。Kさんとは年が近かったので普段から仲が良く、そのときも愚痴を言い合いながら残業の苦痛に耐えていた。
仕事が一段落し、Sさんは近くのコンビニまで二人分の夕食を買いに行った。電話番のために事務所に残ったKさんは、疲れて強張った身体をほぐすように伸びをした。そのときだった。
「すみません」
驚いて振り返ると、事務所の入り口に、いつの間にか男が一人立っていた。
汚れた薄いカーキ色の作業着姿の、背の低い男だった。うつむき気味で、顔が陰になってよく見えない。髪は薄く、白髪の方が多かった。
男は段ボールの小包のようなものを、両手で大事そうに抱えていた。
――配達か? そんな話は聞いてないが……。見たことない制服だな。それに……。
「な、なんでしょう」
驚いたのと、考え事をしていたためか、言葉がもつれた。
「夜分にすみません。Sさんはいらっしゃいますかね」
男は目線を下げたまま、思いの外明瞭な声で言った。イントネーションに訛りがあったが、どこの訛りかはわからなかった。
「Sは今、外しておりますが……」
反射的に答えてから、ふと違和感が胸を過った。それを捕まえる前に、男が嬉しそうな声をあげた。
「そうですか。ああ、よかった。ではこれをSさんに渡しておいてもらえませんかね」
男は持っていた小包を示した。よく見ると伝票は貼っておらず、何の注意書もない。その代わり、ガムテープでぐるぐる巻きになっていた。
「ええと、これは……?」
「とても大事なものなんです。Sさん、いつまで待っても受け取りに来ないんで届けにきたんですよ」
男は一息に言って、小包をKさんに向かって突き出した。小包がKさんの腹に当たった。そのままぐいぐいと押し付けられて、その力の強さが不快だった。思わず受け取ってしまった。予想していたより軽かった。
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