持回

1/4
前へ
/4ページ
次へ
 Kさんは三十年ほど前、東京の小さな印刷会社で働いていた。今はその会社も倒産してしまって、もうない。  なにかと残業の多い仕事だったのだが、その日も遅くまで会社に残る羽目になった。残業の相方は、Sさんという同僚の男性だった。Kさんとは年が近かったので普段から仲が良く、そのときも愚痴を言い合いながら残業の苦痛に耐えていた。  仕事が一段落し、Sさんは近くのコンビニまで二人分の夕食を買いに行った。電話番のために事務所に残ったKさんは、疲れて強張った身体をほぐすように伸びをした。そのときだった。 「すみません」  驚いて振り返ると、事務所の入り口に、いつの間にか男が一人立っていた。  汚れた薄いカーキ色の作業着姿の、背の低い男だった。うつむき気味で、顔が陰になってよく見えない。髪は薄く、白髪の方が多かった。  男は段ボールの小包のようなものを、両手で大事そうに抱えていた。  ――配達か? そんな話は聞いてないが……。見たことない制服だな。それに……。 「な、なんでしょう」  驚いたのと、考え事をしていたためか、言葉がもつれた。 「夜分にすみません。Sさんはいらっしゃいますかね」  男は目線を下げたまま、思いの外明瞭な声で言った。イントネーションに訛りがあったが、どこの訛りかはわからなかった。 「Sは今、外しておりますが……」  反射的に答えてから、ふと違和感が胸を過った。それを捕まえる前に、男が嬉しそうな声をあげた。 「そうですか。ああ、よかった。ではこれをSさんに渡しておいてもらえませんかね」  男は持っていた小包を示した。よく見ると伝票は貼っておらず、何の注意書もない。その代わり、ガムテープでぐるぐる巻きになっていた。 「ええと、これは……?」 「とても大事なものなんです。Sさん、いつまで待っても受け取りに来ないんで届けにきたんですよ」  男は一息に言って、小包をKさんに向かって突き出した。小包がKさんの腹に当たった。そのままぐいぐいと押し付けられて、その力の強さが不快だった。思わず受け取ってしまった。予想していたより軽かった。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加