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レオナードさんじゅうろくさい
レオナードの従者は、得意げに自分を見下ろす幼い主人に頭を抱えていた。
「ほら、俺の言った通りになっただろう。俺はアンリと一緒に魔術大会に出るし、彼を自ら監視する。やはり陛下はお許しになると思っていた」
「あんな何者かも分からない輩と、二人きりになった挙句に……抱き着いて……」
レオナードの勉強机の上には、この学校のミニチュアがあった。学生寮の一室に、白い光の点がぽつんと浮かんでいる。それは、アンリのピアスに取り付けた、追跡器の座標だ。
「ああでもしないと、追跡器を取り付けられなかったんだ。身体につけるのは難しいから、ピアスにつけるのが一番いいだろ」
そう言いつつ、レオナードは呑気に光を観察していた。従者は思わず、目を覆って俯く。
「信じられません。彼の背後にある者をおびき寄せるために、あなたが自ら囮になるだなんて」
「姉さんと同じことを言うんだな。合理的と言え、合理的と」
彼は甘ったるい目で、動かないそれをじっと見つめていた。従者は長い溜息を吐いて、「レオナード殿下」と、首を横に振る。
「正気に戻ってください。奴はあなたの味方ではありません。あなたと、真っ当な関係になれる相手ではないのですよ」
「だけど現実には、ちゃんとなっているじゃないか」
「なっていません」
従者は真っすぐ、レオナードを見つめた。その紫の瞳にくすぶる熱が、従者には歯がゆい。
「どうか、目を覚まされてください。あなたは聡明なお方だ。そんなものに目を曇らされてはなりません」
必死の諫言を、レオナードはふいと顔を背けて聞き流す。彼を赤ん坊の頃から知る従者は、「殿下」と低く呟いた。レオナードは視線を光へ向けたまま、「分かっているさ」と呟く。
「本当は、お前たちは俺を囮にせず、もっと秘密裡にアンリを『始末』するつもりだった。だけど、こんなに強引な手を使えるのは高位貴族や大商人、よその王族くらいだ」
従者は、ただレオナードを見つめた。胸をわずかに、彼の言葉がひやりと撫でる。
「だから俺を囮にすることを、陛下は許した。俺は所詮、替えの効く王子だから」
レオナードはじっと盤面を見つめた後、嘲るように従者を見下ろした。
「俺が都合よく動かなくて、残念だったか?」
「レオナード殿下!」
強く窘める声に、レオナードは「悪かったよ」と肩を竦めただけだった。従者は途方に暮れて立ち上がり、レオナードと向き合う。
「どうして、そのようなことをおっしゃるのですか」
「俺の本心だからだ」
レオナードの眇められた目の中に、重苦しい感情が燃えていた。しかし従者は、怯まず睨み返す。しばらく部屋に、沈黙が満ちた。
たっぷり見つめ合った後、レオナードが先に視線を逸らす。うなだれ、頭を下げた。
「……すまなかった」
従者はすとん、と床に膝を突いた。そのまま深くうなだれ、彼に謝罪の意を示す。
「私も、差し出がましい口を挟みました。ですが、私と義娘は、いつもあなたを思っておりますゆえ……」
まさかこの少年が反抗するだなんて。従者の胸に、遅れて驚きがやってくる。
大人の都合によって祖国で育つことができなくても、その祖国にまた大人の都合で呼び戻されても、文句ひとつ言わなかった子どもだ。その彼が、我儘を言っている。
「殿下」
呼びかけると、彼はゆっくりと顔を上げた。年々父親に似るその少年に、従者は深く手をつく。
しかし彼の我儘は、決して許されることはない。
「申し訳ございません」
その謝罪に込められた意味を、聡い彼は理解したようだった。目に新鮮な怒りが滾り、「構わない」と本心と裏腹な冷たい言葉を吐く。
「行け」
その言葉に、従者は素早く窓の外へと飛び立った。
一人残されたレオナードは、しばらくぼうっと盤面を見つめていた。ぼんやりと物思いに耽る彼を、開け放たれた窓から吹き込む夜風が撫でる。
「アンリは、寝ているのかな」
夢中になって好きなことを語る。ありのままで過ごす。無防備に隙を見せる。全部、レオナードには許されないことだ。だからアンリが、好きだった。
レオナードに我儘は許されないと、物心ついた頃から理解している。だから誰からも慕われるほど、妬まれるほど、完璧な王子様であろうとした。
アンリの前では、そんなものはいらない。
「いいじゃないか。これくらい」
レオナードは、自分が今、愚かと思われていることくらい分かっていた。
それでもいいから、十六歳の今、アンリと過ごす時間がほしかった。彼との思い出がひとつあれば、この先に続くだろう人生を、老いて死ぬまできっと続けられる。
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