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ごめん、落ちちゃった
本当に信じられない体験を私はしました。
もうあれから二年の月日が経っていますが、あの出来事を今でも鮮明に覚えています。
私は幸せな毎日を過ごしていました。
私の家族構成は私と夫、そして息子の三人家族です。
今年で息子も5歳となります。
難産でしたけどね。
夫は学生の頃から株式の勉強をしており、その甲斐もあって結構贅沢な暮らしが出来ています。毎日数時間パソコンの前に向かうだけで、普通のサラリーマンの給料の何年分も稼いでしまうのですから不思議なものです。
私と夫はとある文化教室で知り合いました。
その時私はまだ高校二年生でした。
大人の男性に憧れてしまう年頃ですから、スーツに身を包む彼がとてもカッコよく見えて、教室で毎日会話をしているうちに仲良くなり、そのうちデートをするようになりました。
もちろん彼からのお誘いです。
凄く積極的な人でしたから、一度くらいは良いかなって軽い気持ちでオーケーしたんですけどね。
二十六と十七の恋。九つ年上の彼、今思えば未成年に手を出すのですから犯罪ですよね。
でも、私も若かったですし、そんな法律のことも知りませんでしたから、私にとっては普通に年上のお兄さんであり素敵な一人の男性だとしか思っていませんでした。
高校を卒業したら大学へ入学する予定でしたが、彼と出逢ったことで私の運命は大きく変わりました。でも、高校だけで学生生活を終わりたくなかったので、私は二年間だけ彼に時間を貰い、市内にある短大へと進学しました。
ほぼ監視するお父さんみたく、毎日毎日迎えに来ていました。
他の悪い虫がつかない様にってことらしんですけど、私のお父さんにとっては彼が悪い虫なんですけどね(笑)
私がハタチで彼が二十九歳の頃、私達は結婚しました。
なんか不思議ですよね、だってお互いが二十代なんですから。
彼はとてもしっかりしてましたし、私を貰いに来るときなんか、わざわざ両親に貯金通帳を見せてました。
『これだけ有ります。娘さんを決して不幸にはしません』
夫は三十歳を迎える頃には、株と投資だけで十分に生活が出来ることが分かると、会社を辞め今の生活スタイルへと変わりました。
そして私もちょうどその頃妊娠しました。
静かな環境が良いだろうということで、夫は学生の頃から始めていた株の一部を売却し、新築の五十四階タワーレジデンスの高級マンションを購入、そこで新たな生活をすることになりました。
最上階ではありませんが、きりの良い数字を好む主人は五十階の部屋を購入しました。間取りは3LDKで専用面積が140㎡と広く、バルコニーからは港が一望できます。
毎日太陽が昇ると主人と私は、朝食をとりながら大きな船が水平線の向こう側へ消えていくのを見ていました。
食事を済まし一時間休憩したあと、彼は仕事を始めます。
仕事と言っても、トレードのグラフを追うことぐらいですけどね。
私も暇だったので、彼の隣で買って貰ったノートパソコンで投資の勉強をし始めました。
そして、やがて子供が産まれ3年、順風満帆な生活に不幸が訪れました。
その時、私はリビングで本を読んで居ました。
息子はベランダに居る主人に付いて行きました。
暫くすると窓の外から大きな悲鳴が聞こえました。
その数秒後に血相を変えた主人が私の前に現れます。
「ごめん、落ちちゃった」
顔が真っ青で、血の気の引いた彼を見て私は叫びました。
「えっ、どういうこと。和夢は?」
私は急いでソファーから立ち上がると、バルコニーへと駆け出しました。もう間に合うはずはないので、意味はないのかもしれませんが、身体が勝手に動いていたのです。
「ママ~~」
「ええっ!?…………和夢」
私は我が子が普通に歩いているのを見ると、一気に全身の力が抜けました。それと同時に主人に怒りが沸きました。
だって、私のことを揶揄ったんですよ。
息子はちゃんと無事なのに、本当に酷過ぎます。
私は息子を抱っこしたあと、リビングに戻りました。
主人に文句を言ってやろうと思ったからです。
「もぉ、あなた。冗談は……」
部屋に居る筈の彼が居ません。
私は息子をソファーに座らせると、慌てて部屋を見て回りました。しかし、彼は何処にもいないのです。
もしかしてお手洗い?
そう思い、バスルームへ向かおうとしたときでした。
ポ―――ン
インターホンから音がしました。
私はインターホンパネルへと向かいました。
そこに映し出されて居たのは、管理人の方でした。
そして、そこで衝撃の事実を知るのです。
「嘘……ですよね?」
私は管理人の方が語った事実より、自分の耳を疑うほどでした。
「いえ、誠に残念なお話ではありますが、あなたのご主人は先程マンションから転落されました」
「そんな…………」
私は床に崩れ落ちました。
「ママ、ママママ」
息子が私を心配したのか抱き着いて来て、そして彼を見て気付いたのです。そう、リビングで主人が言った台詞の本当の意味を。
『ごめん、落ちちゃった』
彼はベランダで遊んでいる息子を助ける代わりに……。
私がリビングで見た彼は、もうこの世の人じゃ無かったのです。
きっと最後に私に会いに来てくれたのだと思います。
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