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今日も不在か……
都内の高級住宅街の一角で、俺はため息をついた。
これで三日連続だ……
俺の目の前には、2階建ての一軒家がある。
俺はこの家に配達物があるのだが、3日連続不在で、困り果てている。
しかも、荷物はかなり大型のものだ。
かさばるのでさっさと片付けてしまいたい。
「ちょっと、あなた、宅配屋さん?」
不意に横からそんな声をかけられた。
見ると、60代くらいの小太りな女性が立っていた。
「ええ、まあ……」
俺の服装はどこからどう見ても宅配業者なので、聞くまでもないだろうと言いたいところだが……
「そこの家の長門さん、どうも1週間くらい前からいないみたいなのよ」
「そうなんですか……」
「ほら、新聞や広告が溜まってるでしょ」
そう言って女性は郵便受けを指さした。
女性の言うとおり、確かに郵便受けは新聞と広告でいっぱいだった。
「ああ、本当ですね……」
俺は気のない返事をする。
「あなた、おかしいと思わない?」
「え?」
「何日も家を空けるなら、普通新聞は止めるでしょ」
「ああ、確かに……」
「長門さん、何か事件に巻き込まれてるんじゃないかしら?」
女性はサスペンスドラマに出てくる家政婦のような鋭い目つきで語り始めた。
「長門さん、小さい会社の社長さんらしいんだけど、噂によると裏がある会社らしいのよ」
「裏がある会社?」
「暴力団対策法とかのおかげで、昔と違って暴力団とかが表立って活動しにくいでしょ。長門さんの会社、暴力団の隠れ蓑なんじゃないかって、この辺の奥様達の間で有名なのよ」
なんて噂してるんだ、奥様達……
「そんな長門さんの家が1週間も不在で、新聞も止められてない……もしかしたら何かトラブルがあって組織に暗殺されたのかも」
何を言い出してるんだ、このおばはん……
「あなた、この家に届け物があるんでしょ?」
「ええ、そうですけど……」
「家の様子がおかしいって、ちょっと警察に通報してみてくれない?」
「え、なんで俺が? おかしいと思うんだったら、あなたが通報してくださいよ」
「いや、いや、いや、いや、私、近所に住んでるのよ。もし、長門さんが生きて帰ってきて、私が通報したってバレたら、消されるかもしれないでしょ」
おい、おばはん、ギャング映画の見過ぎだ……
そんな俺とおばはんのとんちんかんなやりとりに、横から声がかかる。
「あのー……私の家でなにか?」
見ると、50代の細身の男が旅行用のスーツケースを携えて立っていた。
「あらー、長門さん!! もしかしてご旅行に行かれてたんですか!?」
家主の思わぬ帰還ながらも、おばはんはこれまでの話が全くなかったかのように、見事な愛想笑いを作り上げていた。
「ええ、仕事の契約を取りに中国に……」
「あら、まあ、お仕事でしたか!? それは、それは、ご苦労様でございました!! いえね、郵便受けに新聞が溜まっていたものですから、どこかで事故か何かに巻き込まれてらっしゃるんじゃないかと心配しておりましたの!!」
暴力団と暗殺、どこいった?
「あ、これはいけない……急な出張だったもので、新聞を止めるのを失念しおりました」
「まあ、そうでしたの!! 長期不在のときは気をつけませんと!! でも、大事じゃなくて良かったですわ!! それでは、ごめんあしゃーせっ!!」
おばはんは、そう言い残して、ぴゅーっと住宅街の彼方に消えていった。
なんだったんだ、あのおばはん……
「あのー、それであなたのほうは?」
「あ……えーと……お届け物に伺いました。3日前からお伺いしていたのですが、ずっとご不在でらっしゃったので困っておりました」
「あー、そうですか。それはすみません。で……その配達物は?」
そう言って長門さんは俺を上から下まで見回した。
俺は手ぶらだったのだ。
「かなり、大きいサイズのものでして、まだトラックの中なんです」
俺は傍に停めてある大型のトラックを指さした。
「台車で家の中までお運び致しますので、中に入ってお待ち頂けますか?」
「ああ、では、宜しくお願いします」
長門さんはスーツケースを持って、家の中に入っていった。
俺はトラックの荷台を開け、荷物を取り出す。
荷物は大体1.2mx1.2mx1.2mくらいの大きな段ボールだった。
俺はその段ボールを台車に乗せ、長門さんの家に運び込んだ。
「これはまた大きい……どなたからですか?」
「“長州会”様からです」
その名称を聞いて、長門さんの顔色が変わる。
「長州会……」
俺は、勝手に段ボールを封しているガムテープをはがして、中を開ける。
そこには、体を小さく折りたたんで縛られた中年の男が入っていた。
その男の顔と姿を見て、長門さんは真っ青になった。
「お届け物は、おたくの専務の周防さんです……」
俺は感情のこもっていない静かな声でそう告げた。
「こ、これはどういうことだ!?」
「それは周防さんの口から説明して頂きましょうか……」
俺は、周防さんの口を塞いでいた猿轡を外して問いかける。
「周防さん、おたくの社長の、今回の中国出張、目的は何ですか?」
周防さんは「う、う、う……」と呻き声を漏らすばかりで喋れない。
「あー、三日間飲まず食わずで段ボール詰めはさすがにキツかったですか? すみません、気が回らなくて……」
俺は周防さんにぺこりと頭を下げる。
「仕方がないので、三日前に自白剤を打って喋って頂いたときの音声記録を聞いてみましょうか」
懐から取り出したスマホを操作し、当該の音声を流す。
『しゃ、社長は……中国マフィアの……黒龍の幹部に……会いに行った……』
『その目的は何ですか?』
『長州会の情報を売り渡して……黒龍の傘下に入るためだ……』
俺はそこでスマホの音声を止めた。
山口さんはガタガタと震えている。
そこで、俺は「あ……」と思い出したように声を漏らす。
「実は、もう一つ、大事なお届けものあったんです」
俺はそう言い終わった瞬間、素早い動きで懐から小型のハンドガンを取り出し、山口さんの額に銃弾を撃ち込んだ。
続けて、周防さんの頭にも銃弾を撃ち込む。
俺は二人の死体をその場にそのまま残し家を出た。
死体は発見されても構わない。
他のフロント企業に対する見せしめだ。
俺は家を出た後、大きく伸びをした。
やっと、届けることができた……
俺が届けたかったもの……
裏切り者への裁きの銃弾である……
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