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4 鎮守様の台所
「こっち、こっち! キョロキョロしないで」
白猫に注意され、有咲と翔太の二人は肩をすくめた。
二人が歩いているのは鎮守様のお堂の奥だった。
そんな空間があったのか、と思うほど広い空間が広がっている。
広間を通り過ぎ、大小部屋の一番奥に台所があった。台所は奥庭へと繋がっている。
二人は通された台所を観察する。
水道はあるが、ガス台がない。
コンロの代わりにあるのは、竈。
その側には燃料として、薪が山積みになっている。
「思っていたが、やはりコンロはなかったか。使った事がないから上手く行くかどうかだな……」
翔太が呟く。
「言っとくけど、失敗は無しだニャ! 大神様のお使者様の前で失敗なんて許されないニャア! 」
白猫のシロが捲し立てる。
有咲は持ってきたエプロンと三角巾を頭に結び、翔太も白衣と和食帽を身に付けた。
店から持ってきた煮たいなりと酢飯を入れた重箱を開き、手を洗うと手早くいなり寿司を詰めた。
ものの10分と経たぬ内に二人は100個ものいなり寿司を詰め終え、重箱に並べる。
台所の勝手口から奥庭に出た有咲は、奥庭に南天が植えられているのに気付いた。
「飾り用に少し葉を貰っても良いかしら?」
頷いたシロは有咲に小さな植木鋏を持ってきた。
有咲はシロから鋏を受け取ると、パチリ、と南天の枝先を切り落とし、よく洗い、乾かしてから重箱に並べられたいなり寿司の上に乗せた。
いなり寿司の上の南天が、映える。
「一枝で美しいものですニャア」
シロがホゥ、と息をつきながら言う。
白猫はシロと言うのだと名乗った。
シロの依頼内容を要約すると次のとおりだった。
鎮守祭りの本祭には、近隣の鎮守たちや大神が一堂に会するのだそうだ。
本祭の前にその鎮守が、どのくらいのもてなし技量があるのか大神の使者が訪れるのだと言う。それが、鎮守の前祭りに当たる。
前祭りでもてなし技量が高いと使者が判断すれば、本祭に大神がやって来る。
大神を迎えに来た使者を労うのが後祭り。
この地域では大神が来なかった事がないため、今年も饗し準備をしていたところ、大神使者から、今年は「いなり、油揚げがメイン」の料理、と指定があったのだそうだ。
シロたちはその理由も分からずに悩んでいたが、供え物の中に、滅法旨いいなり寿司があったことを思い出し、いなり蒲生に出向いた次第なのだと言う。
「いなり料理ねぇ。また、面白い事を考えつくものですね。何人前作れば宜しいですか?」
「とりあえず、前祭は5人前。本祭は10倍あれば足りるでしょう」
「ご、ごじゅう???」
「ええ。お代はきちんと払いますニャア」
涼しい顔でシロが答え、有咲と翔太が絶句した。
断ろうとした二人だが、シロがニャアニャアと子猫のように鳴きつき、二人を困惑させた。
二人が渋々頷くと、あっという間に鎮守様のお堂に着いていた。
後には引けず、引き受けるしかない状況だった。
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