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堺正夫
堺正夫は一人暮らしの大学4年生。就職活動も終盤だ。ところが連戦連敗。明日はとうとう30社目の面接だった。折れかけた気持ちを引きずり正夫は早めにベッドにもぐりこんだ。
「ピンポーン!」
「誰だ?こんな時間に...」
正夫が呟きながらアパートのドアを開けると誰もいない。だが、ドアノブに何かぶら下がっていた。小箱だ。よく見るとトマトを咥えたシロクマが描いてある。トマトがハートに見えて可愛らしい。正夫は部屋で小箱を開けてみた。手紙が入っていた。立派な和紙に墨書だった。
『昨日の地下鉄、幸甚の至り。貴公の振舞、高貴で高潔。見事であった』
惚れ惚れするほどの達筆だった。
「えっ⁈」
正夫はしばらくあっけにとられた。
「地下鉄。ち、か、てつ...あっ」
昨日の面接帰りの地下鉄だ。杖を突いた老人が車両に乗り込んできた。老人が席を見回した途端、正夫がすかさず席を譲ったのだった。老人は「忝ない」と正夫へ一礼し、空いた席に座って瞼を閉じた。周囲の視線は皆スマホに注がれたままだった。立った正夫も携帯を取り出しかけたが、老人の佇まいがそれを許さなかった。
正夫は何度も何度も手紙を読み返している。やがて顔を上げた正夫は確信していた。
「明日はきっと上手くいく」
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