米倉祐子

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米倉祐子

 米倉祐子はマンションの前でタクシーを降りるとふらつく足取りでエントランスに入った。この日祐子は3年間付き合っていた男性に別れ話を切り出していた。男性には妻子がいた。とても素面ではいられない。祐子がエレベーターを待っている間宅配ボックスを確認すると小箱が入っていた。小箱には可愛らしいシロクマが描いてある。 「えっ⁈」  祐子は一瞬途惑うがエレベーターが来たので小箱を持ったまま飛び乗った。祐子がエレベーターの中で改めて小箱を見るとシロクマはハート型のトマトを咥えている。 「・・・」  部屋に入った祐子が躊躇いながらも小箱を開けると手紙が入っていた。上品な便箋には微かにフレグランスの香りが漂った。万年筆だろう。文面は淡いブルーのインクだ。 『昨日はショッピングセンターでお世話になりました。大変助かりました。どうも有り難うございます。貴女はとても素敵、最高に格好良かったです』  流れるような文字だった。 「?、?、?」  祐子はあっけにとられ、喉も乾いていたのでキッチンで水を飲んで一息入れた。その時、祐子の目に昨日ショッピングモールで起きた出来事が鮮やかに蘇った。  祐子が買い物を終え、エレベーターに並ぶと赤ん坊を抱いた女性がベビーカーと共に前にいた。ベビーカーにはもう一人子供が乗っている。ようやくエレベーターがやって来た。先頭の人々が乗り出すとキャリーバックを引いた外国人の男女が先を()いて割り込んだ。その時だった。 「Excuse me, hello guys. Look! they already stand in line. Besides the elevator is a priority one」  祐子がナチュラルに言い放つと二人は最後列に並び直し、子供連れの女性は慌ただしくエレベーターに吸い込まれて行った。祐子は踵を返し、二人に向かって「Thanks」と声をかけエスカレーターに向かって歩み出していた。    祐子は再び手紙をゆっくり目で追った。最後の方は霞んで見えない。手紙を置いた祐子はスマホを取り出した。画面にこぼれた雫を拭うと、間髪を入れず削除マークにタッチした。
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