芦田加奈

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芦田加奈

 ランドセルを背負った芦田加奈が一人で下校している。今日も誰とも話していない。加奈は最近クラスの中で浮いていた。いや、無視されていると言う方が正しい。加奈に心当たりはなかった。  加奈が自宅に着いて玄関のカギを取り出すと足元に小箱があった。シロクマがトマトを咥えたイラストが描いてある。トマトはハートに見えた。 「あっ、かわいぃ」  加奈は思わず声を上げた。小箱を持つと急いでドアを開け自分の部屋に駆けこんだ。母親はパートで不在だった。加奈はいそいそと箱を開けてみた。中には黄ばんでざらざらした紙が折りたたんであった。広げると画用紙のように大きい。 『おじようちやん。きのうはありがとう。あのあとどしやぶりでしたね。ほんとうにたすかりました。わたしにはみえないけどわかります。おじようちやんのえがおはがつこうでいちばんよ』  加奈より下手な字だった。加奈は1年生のときひらがなを何度も練習したことを思い出した。そして、この字がひとつひとつ一生懸命書いたのがスッとわかった。でも意味がわからない。 「きのう?...どしやぶり?...あっ」    加奈は昨日塾へ行くとき目の悪いおばさんの手を引いて横断歩道を渡っていた。おばさんが横断歩道の手前で困っていたのだ。しかも空はゴロゴロ鳴っている。おばさんは向こう側のコンビニへ行きたがっていた。加奈は勇気を出して手を差し伸べた。渡った後すごい雨が降ってきたのでおばさんはぎりぎりセーフ。折り畳み傘を持っていた加奈は三軒右の塾にすぐ駆け込んでいた。  加奈はミミズがはったような字をもう一度見ると声を出して読んでみた。読み終えると何だか心があたたかい。加奈は決心していた。 「明日、学校で笑ってみよう」
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