師匠と弟子

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師匠と弟子

この世界には竜皇(りゅうこう)と言う一番偉い皇王さまが治める竜皇国(こうこく)があり、竜人と言う種族が暮らしている。 その下に、エルフ、獣人、人間などのさまざまな種族が集まり、国を興し、暮らしている。 世界で一番偉いのは竜皇であり、一番の長命種であり、力を持つ竜人が最上位に君臨する。 反対に一番寿命が短く、弱いのが人間だ。しかし人間は竜皇の伴侶を輩出する唯一の種族。 伴侶は男女どちらでもいい。竜皇が女のこともあれば、どちらも男のこともある。この世界は男女共に子を成せるようにできているから。 そして竜皇の伴侶を出す人間は、一番弱くとも他種族から迫害を受けずに済んでいる。 しかしながら、迫害がないわけではない。 他種族が混ざったものは、同じ人間だとは見なされず、そして他種族からも除け者にされる。 ただひとり、竜皇の皇子だけは伴侶が人間でも完璧な竜人として生まれ、世界の皇王となる。 「つくづく変な世界だ」 竜皇だけが特別な世界。 ならば俺のように多種族の子孫はどうやって生きて行けばいいのか。 姿を隠し、出自を隠し、こうして隠れ家に潜むしかないのだろうか。 そして滅多に客も訪れぬ、結界で覆われた俺の庭である森。 森のヌシの遠吠えが、いつもとは違う何かを報せてくる。 ――――何だ。 そう思って警戒すれば、客が来た報せが届いた。 旧知の仲でもなければ森の入り口を見つけることもできず、そして俺も入れることはない。 人外ならば、敵意を持っていなければ、ヌシが通す。 ヌシが拒否すれば、すかさず俺の結界が弾き飛ばす。 だが、ヌシは警戒はしているものの、拒否はしない。 「ひとりは……アルダだからか」 ヌシもアルダを知っているからか。 もうひとりは……アルダが連れてきた子どもだからか。 結界に接触したものたちのデータを瞬時に読み取り、怪訝な表情を隠せないながらも。 「……兄弟子だからな」 俺が出迎えたところで結界の中に入れるわけじゃない。獣や魔物はヌシの領分だが、ひとの類ならば俺が招かなければ、兄弟弟子と言えどもここには入れない。結界は錬金術とは違う力が働いているものだから。 「ずいぶんと突然だな、アルダ。しかも、竜の子まで連れてくるとは。ヌシが警戒していて、森が騒がしい」 兄弟子のアルダを出迎えた俺は、アルダが連れてきた竜人の子どもに一瞬ピタリと固まる。 ここは森の奥にあるのはひっそり佇む錬金術工房兼隠れ家だ。 長いエルフ耳とエメラルドグリーンの瞳に、エルフには似つかない漆黒の髪を持つ、異質な錬金術師・クロムの工房である。 「突然済まないな、クロム。ヌシには詫びを入れたいが……逆に警戒させることにもなりかねない」 俺の名を呼んだのはアルダはもう何百年と付き合いのある、竜人の男だ。 青みがかった銀髪にアイスブルーの瞳、竜の角は藍で、尾は髪と同じ色である。 人間で言えば20代ではあるが、竜人は普通でも1000年を生きる長命種で、青年期が長い。年齢で言えば、400歳を超えたところだったはずだ。 対する俺もエルフの血を引くから、見た目は人間の20代でも200年は生きている。 「ヌシのことはいい。警戒はしているが、威嚇しているわけじゃない」 ならばよほどの意気がった若い魔物でもない限り、ヌシがおとなしく静観しているのなら、それに追随するだろう。 ――――しかし、本当に突然すぎる。この頭にガンと衝撃を受けるような感覚は、恐らくアルダが原因ではない。 俺はアルダが連れている竜人の子どものを見やる。銀髪、漆黒の瞳、角は金色、尻尾に見られる鱗は金である。 初めて会うはずなのに、何故かその漆黒の瞳から、目をそらせない。一体何だって言うんだよ……。 しかも、相手はまだ子ども。 竜人にしろ、エルフにしろ、長命種と言えど、人間や獣人で言う子どもの時期はひとなみだ。 成人を迎える18歳前後までは一年に人間の一歳分成長する。 それから徐々に成長が止まり、人間で言う20代から30代くらいまでの見た目の長い青年期を送るのである。 いくら強い種族とは言え、成人や強い魔物にはかなわない。自分の身を守るためにも、いつまでも子どもでいるわけにはいかんだろう? そして目の前の竜人の子は12歳ほどだから、まさに見た目通りの年齢なのだ。 「だが、まだ幼いこの竜の子を隠せる安全な場所と言えば、ここくらいしか思いつかなくてな」 確かに俺の結界は一級品だ。世界樹をも守護できる結界は、結界を張ったものの許しなく、他者の侵入を許すことはない。 しかし、長命種ならではの子孫ができにくいと言う特性を持つ竜人は、子宝を大切にする。 種族全体で守ると言っても過言ではないのだ。 それなのに……この子は何故、危険に苛まれている。見た目は竜人でも、違うと言うのか。 そうやって一族からつま弾きにされる存在を……俺は身にしみて知っている。 ……この子も、俺と同じだとでもいうのか……? 「クロム……お前はこの子が誰だか聞かんのか」 「知ってどうする」 コイツがこんなところにまで連れてくる、竜の子か。知れば厄介だと追い出すやもしれんぞ。 しかし、もしも同じならば、このまま外に放りだすのも胸が痛む。 ならば、俺がこの子を放り出す理由を……知らなければいい。 「……それもそうだな。預けておく側としては、傲慢に聞こえるかもしれんが、妙な情は抱くなよ。お前が後悔することになる」 「言われなくとも、他者に対する情などとうに消え失せた」 何せ何百年も、エルフでもなければ人間でもないと、除け者にされ続けてきたのだ。 そうでも言わなきゃ……やってられない。 「分かった。では、この子はリューイと言う。どうか、頼んだ」 アルダが弟弟子の俺にそこまで頭を下げるだなんて。いや、だからこそ、まだ付き合いがあるのだろう。 「……あぁ」 森の外へと帰っていくアルダを見送りながら、竜の子は……リューイはそれを追いかけようとはしなかった。それが正解であることを、あらかじめその器の遺伝子に刻み付けられているように。 「中へ」 リューイを手招きすれば、リューイは恐る恐る俺についてくる。 既に結界の中に入れるよう、招いているから、結界がリューイを弾くことはない。 ヌシに従い警戒して出てこない森の住民たちを脅かさないよう、森の中をわけ進む。 俺が百年以上生活しているなかで、街へ行き来する馬車用にこしらえた整備された道は、よほどのことがないかぎり、俺が通る時に森の住民たちが出てくることはない。 ヌシもこの道については認めているから、横切ることはあれど、占領するものもいない。 そうして居住スペースに辿り着けば。 「居住スペースの隠れ家があそこ、隣が錬金術の工房だ。工房には、勝手が分かるまではむやみに近付くな」 万が一道具を壊されたりはしたくないが。 「……うん」 この賢い竜の子は……多分しないだろう。 しかも妙に物分かりもいい。その歳に似合わないほどに。 「あの……」 居住スペースに向かっていれば、ふとリューイが口を開く。 「どうかしたか」 「あなたはエルフなのに、どうして髪が黒いの?」 遺伝子に組み込まれた竜の性質はあれど……やはりこの子はまだ子どもである。 「見た目で他者を判断するな。俺はエルフじゃない。エルフの血は引いているが、エルフは俺をエルフとは見なさない」 たとえエルフの耳を持っていようが、結界を張る力を持っていようが。 「それに……この髪は人間が由来だが、人間にもなれない」 エルフの血を受け継いだ俺は、人間からは異質な存在と見なされる。 エルフや竜人と聞けば、とたんに胸を踊らせるのに、いざ血の混じり合った子どもが生まれれば除け者だ。 「竜皇は人間と番っても、子は竜になるから、竜人だよ?それなのに、どうして?」 「そんな例外は竜皇だけだ。世の中には種族が混ざり合うことで、種族の輪から追い出されるものがたくさんいる。俺のようにな」 「だからクロムは、ここで隠れて暮らしているの?」 「そうだ。ここにしか俺の居場所はない」 「……ごめんなさい。ぼくはクロムが不快に思うことを聞いたの」 「別に……分かればいい」 こんな子ども相手に意地になることでもないのに。世の中にはそれを知ってもさも当然だと胸を張るやからばかりで、謝りもしないものたちがたくさんいる。 それに比べれば、100倍ましである。 「それと……」 「……クロム?」 リューイはまっすぐに俺を見上げてくる。 「ここは隠れ家とは言え、俺の旧知の客くらいは来る。こんなところに竜の子どもがいれば何故だと疑われるやもしれん。だが俺の弟子ならば、竜の子でも納得するだろう。だからこの隠れ家にいるうちは、俺を師匠と呼ぶように」 「……ししょう……ですか?」 聞き分けの良かったリューイが初めて抵抗するように口を開く。だが、すぐに思い直したのか、こくんと頷く。 「分かりました、師匠。これからお世話になります」 リューイは年不相応なそんな口上を述べた。 本当に……子どもらしくはないが、それも器のうちなのか。
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