竜の想い

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竜の想い

――――街の外れには、今もまだ石造りの塔がある。 俺よりも年上のこの塔は、遠い昔の錬金術師が錬金術を駆使して朽ちないように工夫をふんだんに盛り込んだもの……だとか、俺の師匠が言っていた。 中は登れるようにはなっているが、観光名所でもないこの塔に登るなど、よほどの物好きか、ひとめを避けたいものだろうな。 「それで……何の用だ」 2人きりの塔の屋上らは、街の様子が一望できる。様変わりしつつもどこか懐かしい街を眺めながら、後ろに立つ竜に問いかける。 「迎えに来ました、師匠……いや、クロム」 「リューイ……俺の……名を」 咄嗟に振り向けば、もう二度と会わないと思っていたリューイが俺を見つめている。 何故、リューイがここにいる。リューイは在るべき場所に帰ったはずだった。 そしてそこで世界を統べているはずだった。 なのに、何故。聞きたいことが、溢れている。 「ここはもう隠れ家ではありませんから、私が師匠の名を呼ぶのも自由では?」 確かに隠れ家には帰らず、世界を転々とはしているが。それもこれも、誰のせいだと思っている。『一緒』にいることを知ってしまえば、今さら隠れ家でひとりでいることには耐えられない。 200年生きてきて、どうしてお前だけにこんなに寂しさを覚える。 今まではそんなこと、一度もなかった。 親元も離れて、兄貴の元からも、国からも離れて、ひとりっきりで生きてこられたのに。 俺がこんな生活をしているのは……お前が2人でいることを覚えさせたからだろう……? 「師匠、いやクロム。あなたを迎えに来ました」 「迎えって……何を言ってる。俺はこれからも、世界を転々とするだけだ」 「私の元には戻っていただけないのか」 「勝手に去っていったのは、お前の方だろう!」 「理由が……あるのです。お願いです、師匠……聞いてください」 「……」 そんな風に懇願されれば、断れるはずもない。すっかりあの頃のような弟子に戻ってしまったリューイを、どうして追い払えようか。やはり俺の中には、弟子への情が残っているのか。 「師匠は私の目をどう思いますか」 「……竜人にしては珍しい色だな」 「この目は母からの遺伝です。私の母は、私の目を理由に責められた。何前年も、揺らぐことのなかった竜の血に、人間の血を混ぜたと。しかし、竜皇は人間と生を繋ぐのだから、本来はそれが当たり前なのです」 「けれどそれを認めないこの世界じゃ、世界を統べる竜皇に、一番下等な種族の血が混ざるとは認めたくないのだろう」 強い種族の遺伝子が強くでることは当たり前のことだ。 錬金術でもそう。より強い素材が性能に大きく作用する。竜の鱗を使えば強度が増し、治癒に秀でた素材を多く使っても、分量が足りなければ竜の鱗の力に圧縮される。 だからこそハーフエルフには、人間の耳ではないエルフの耳の尖りが出る。獣人と人間が子をなせば、獣の特徴が出る。 エルフの血が4分の3入る俺には、優性のエルフの遺伝子が強く出て、長い耳となった。 けれど優性の遺伝子はたまにエラーを起こす。それが……劣性なはずの人間の血が母の髪に表れ、そして俺にも遺伝した。 寿命だってそうだ。本来は優性の方が優先されるのに、混ざりものの平均寿命は、各親の平均寿命を半分に割った数が足されて計算されるのだ。 それと同じことが錬金術にも起こり得る。だからこそ、竜の鱗も錬成の中に紛れ込ませることができた。 コイツが最初に作った祭具は何の計算もしていないから、鱗の恩恵が第一に出たがな。 「しかし、師匠。私はこの世界を変えたいのだ」 「世界を変えるだなんて、そんなこと簡単にはできないだろう。ハーフエルフだの、エルフの血に人間が混ざってるだの言われ、迫害されてきた歴史は、俺が生きてきた200年で変わることはなかった。むしろ俺が生まれる前から何百年と続いてきた。もしかしたら数千年単位かもしれない」 「だけど私は……それでも変えたい。あなたには知って欲しいのだ。母はそのせいで……私が生まれたせいで壊れた」 その竜皇の血だって、今まで散々人間の血を混ぜて来たのに、都合のいい連中だ。 今までは決められた配分の錬成のように、ただ竜人の血が多く受け継がれていただけだろうに。 「母は日に日にやつれていった。そしてついに……自分で手首を切ったのだ。だが……死ねなかった。竜皇の番は伴侶となった時から、竜皇の寿命でしか死ねないのだ。父は母を迎えたのが遅かったから、あと数百年……母は気が狂いながらも、生きるしかない」 「壮絶だな……と、言ってやりたいところだが……それは種族を越えた愛にうつつを抜かして半端者を生んだすべての母親が体験していることだ。俺の母さんだってそうだ。まぁ、母さんは気が強いから、自殺未遂には手を出さなかったし、父さんはそうしたことから母さんを徹底的に守った」 何せ世界樹を守る、最強の結界を張れるのだ。 「でも残念ながら、寿命以外で親の自害で死に別れた混ざりものの子どもはたくさんいる」 リリィだってそうだ。リリィの母はハイエルフであったが、一族から散々責められ、さらには夫の人間にも先立たれ、リリィを残して自害した。 そして兄貴がリリィを引き取ったのだ。リリィが母を喪ったことよりも、リリィのせいで稀少なハイエルフが、エルフの王族が死んだと、リリィが責められないように。 だが、父さんも年だ。今後のリリィの人生のことを考えたら……それはハイエルフである兄貴にしかできないことだ。 「竜皇の妃だけが、特別だったんだ。そして今までのツケを払わされるようにして、遺伝子の配分が誤作動を起こした」 「私は……それは違うと思っています」 「ほう……?」 「錬成だってそうでしょう?誤作動を起こしたのなら、その原因を究明して、次はもっと良いものを作る。師匠が教えてくださったことです」 「それは……」 「だからこそ、今はその時なのです。今こそ、混ざりもの……そう呼ばれる私たちへの迫害を止めるための」 「何百年も変わらなかったことだぞ」 「だからこそです。父は、私を師匠のところへ避難させ、母も決して竜人たちに危害を加えられない場所へと隠しました」 コイツを俺のところに……ならコイツの母ちゃんが隠された場所は……ひとつしかないだろう。だからあの時、俺に会いに来たのは父さんだけだったのか……。 父さんが外出をしても、結界は維持できるから、母さんは無事だ。だが、コイツの母ちゃんはひとりにはできないものな。 そして母さんなら……そう言う力のあるひとだから。コイツの親父も、良い選択をした。多分入れ知恵は母さんの弟子のアルダだろうが。 「そして私が成人するまではと、父は番が横におらず気が狂いそうになりながらも……竜皇であり続けました」 皮肉なものだな。世界を統べるほどの力を持ちながら、竜皇は番とともにあれないだけで狂うのだ。 「そして私が成人を迎え、竜皇継承の儀を受けました。世界は……私が竜皇であることを……認めた」 人間の血を引いていても、コイツは竜皇である。いや、元々引いてきたのだ。認められないはずもない。 「父は引退し、母とともに最期まで連れ添うでしょう。だから私はせめてもの親孝行のために、いや、すべての同胞のために、世界を変えたい。その道を、師匠……いや、クロムとともに歩みたい」 リューイはそう、意思のこもった目で、俺をまっすぐに見据えた。
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