師匠と客人と

1/1
前へ
/13ページ
次へ

師匠と客人と

――――その報せは突然であった。 「……随分と急だな」 次の錬成作業を止めて、ふと顔を上げれば、リューイも何事かととたとたと駆け寄ってくる。 すっかりと懐いた感じだな……これが良かったのか、どうなのか……不意にアルダの言葉が突き刺さるが。 「師匠?どうしたのですか?」 「あだぁ、客が来たんだよ」 「依頼者……ですか?」 ここに来る客は、旧知の仲であることがほとんどだ。 そしてその中には錬金術の注文をしにくる依頼者もいる。 「いや……多分違うな。何せ、俺の師匠の旦那だからな……錬金術には困ってねぇんだ」 客を出迎えるために、結界の入り口まで向かえば、リューイも当然のようにとたとたと付いてくる。 「それじゃぁ……」 リューイは問いかけて、結界の外に見えたひと影を見て口を閉ざす。 「……」 『エルフ』とは口にせずとも、それがどういう存在なのかを感じ取ったようだ。 彼は……ハイエルフであった。 美しい金髪にエメラルドグリーンの瞳を持ち、顔立ちは整っているが、晩年のエルフのように貫禄がある。 「久々だな。急にどうした」 俺が結界の中に招くと、ハイエルフはゆっくりと結界の中に足を踏み入れる。 「親が息子の顔を見にくることは、それほど特殊なことでもないでしょう?」 「あんたらエルフにとってはそうじゃないだろ」 長い長い時を生きるエルフ……それもハイエルフだ。己の伴侶ならともかく、逐一子の顔を見に来るなんて。 「あなたはまた、自分がエルフではないような言い方をする」 「そうしたのは……エルフたちだ」 「それでもクロムは、私たちの大切な子どもなんですよ」 「……父さん」 父親が頬に伸ばす手は、雑事を知らぬエルフの美しい指ではない。 俗世を捨て、役目だけに邁進し、ただただ愛する伴侶と自給自足を営む逞しい指。 そうさせたのは……俺と母さんだが、このひとはそれでも満足そうで、寿命が違うはずの母さんと、そう変わらぬ一生を伴侶と遂げられることを何よりも幸せそうにしている。 ……変なエルフだ。 「茶くらいは出す」 「えぇ。ありがとう」 隠れ家に父さんを招けば、リューイは緊張した面持ちで父さんを見ている。 「そんなに緊張せずとも大丈夫ですよ。とってくったりはしませんよ」 しかしリューイはそれでもどこか緊張しっぱなしだった。エルフならすかさずハイエルフさまさまとなるが、種族の序列的には竜人の方が上な訳で、リューイはその中でも特別な存在だと言うのに……何を萎縮しているのやら。 それは子どもが大人に向ける緊張とも、どこか違うような気がしたのだ。 「リューイ、先座ってて」 「師匠……でも、ぼくが……」 「いや、いい。今回は俺がいれるから」 そうリューイを制し、茶の準備をして戻って来た。 「ですが……そうですか……師弟とは、考えましたね」 父さんがくすりと笑む。 アルダ経由なのか何なのか、このひとにはお見通しって訳か。 「何か?」 茶を父さんとリューイに配りつつ、首を傾げる。 「いえ、いいんですよ。たとえどんな事情があれど、ずっとひとりっきりだったあなたが、弟子をとって仲良く暮らしているのなら」 「……別に、仲良くとは……」 単なる成り行きだろう。 「仲良く暮らしてます!」 しかしその時、リューイが力強く声をあげた。 「おや……それは何よりです」 どうしてか張り切ってそう答えるリューイに、父さんは優しく微笑んだ。ほんと……変なの。 俺の様子を見れば満足したのか、父さんは『あとは若いおふたりで……』とか言いつつ帰っていった。いや……リューイはともかく、俺は……何だ若いって……父さんに比べたらそうだけど、俺はもう、200歳なんだがな。 「あの、師匠」 「何だ?片付けは俺がやるぞ」 「お手伝いします」 「なら、湯飲み持ってきて」 「はい!」 先ほどまでは妙に緊張していたリューイだが、今ではすっかりいつも通りである。 「ハイエルフだからって、そんなびびることはねぇよ」 まぁ、エルフたちは父さんを前にするなりひれ伏す勢いだし、兄貴の前では緊張で身を強ばらせるが。 ただしハイエルフの血が入っていても、混ざりものなら卑下する。 それに父さんも兄貴も怒っていることすら気付かずに、俺を軽蔑しながら機嫌を取ろうとする。 ほんとハイエルフって、何なんだろうな。 「ち、違います。そうじゃなくて……その、師匠の……お、お父さま……だから」 「ん?別に親父は錬金術師じゃねぇよ?錬金術師は俺の母さんの方だ。あっちは錬金術の大師匠だが、親父はそうって訳でもない」 「その……そう言う問題ではなく……」 リューイの頬が妙に赤いような。 「あれは顔はきれいだが、結構なジジイだぞ」 それでもあの顔に惚ける他種族のもんは多いから。 「ち、違います!ぼくが好きなのは……し、師匠ですから!」 俺……いや、子ども相手に200歳が何を考えている。何も……何もない。リューイは、ただ俺を師匠として好きだと言っているに過ぎないのに。 どうしてかその言葉が堪らなく嬉しいのだ。 「師匠はぼくのこと……き、きらい、ですか?」 「……嫌いなら、弟子になんてしねぇよ」 たとえ仮初めの弟子だとしてもな。そう言うと、リューイはどこかホッとしたようにはにかんだ。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加