錬金術師と夏

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錬金術師と夏

――――夏が来た。夏から秋は、多くの植物が育ち、実る。だからこそ獣も魔物も活発になる。 錬金術の素材も多く手に入るし、獣や魔物が活発になれば、人類と魔物や獣の接触や事故も増える。農作物や家畜への被害が増える。 そこで活躍するのが錬金術。 素材と配合、錬金術師の腕があれば、通常治療魔法使いが神殿で祈祷して仕上げる治療薬だって作れる。通常薬草を混ぜ合わせて作る薬も、錬金術で効果や分量を増やせる。 また、畑の肥料なんかも、錬金術でもっと効率的に、農作物に合わせて調合することだってできるし、魔物避けの香やら装備だって作れる。 だからこそ、この時期は錬金術師にとって注文も多く入るし、需要が増える時期なのだ。 尤も、森に籠っている俺には、知己からの注文や、知己のつてを使って自ら卸しに行く商品……となるが。 「師匠、これから街に行くのですか?」 「そうだよ。近くの街まで、受取人が来てるからな。届けに行く」 ここまで来てもらうこともできるが、あちらとて、街でほかの商売もある。あと依頼者が依頼者だからな。これは特別サービスである。 「ぼくはお留守番……なんですね」 「アルダがお前をここに預けた意味を忘れるな」 「……はい」 竜の子と言えど、まだまだ子どもである。本当なら、外でたくさん遊びたいだろうに。 「錬成の合間に、畑や庭で気晴らしに遊ぶくらいなら、いいぞ」 俺にできることはそれくらいだ。 「師匠!いいのですか?」 「もちろんだ。俺だってそうやって気晴らしるんだから」 リューイは真面目だ。本当ならアルダの名を出してサボったっていいのに。錬金術など将来必要もないかもしれないのに、それでも、熱心に日々修行をしているのだ。 だからこそ……この子は気晴らしと言うものを知らない。 生い立ちを想像しても、そんなことをできる立場や境遇ではなかったのかもな。 「何かあったら、連絡して」 「はい、師匠!」 リューイには遠隔で通信ができる魔道具を渡してある。 これも錬成したもので、俺のお得意さまや知己の面々には渡してある。 よくそれを見たものからレシピを頼まれたと聞く 注文もそこから届くことが多いかな。今回の配達もだ。 「じゃ、行ってくる」 「行ってらっしゃい!師匠!」 そう送り出してくれるひとがいるのも……何だか新鮮だな。どうしてか、今から帰った時の出迎えを期待して、そわそわしてしまうのだ。 「……」 変だな。ずっとひとりで、平気だったはずなのに……。自身の髪と耳を隠すようにローブのフードを被れば、いっそう寂しさが沸き立つようで……むずがゆい。 ※※※ 街に着けば、早速待ち合わせをしていたローブのフードを被った少女と出会う。少女と言っても、エルフの血を引くから、年齢は100を越えているが。 「クロムさま!」 「リリィ」 元気に俺を呼ぶリリィに駆け寄る。 「注文の品を卸しに来た。荷馬車に積んでも?」 「はい、お願いします」 リリィが傍らに停めた荷馬車に、マジックボックスから出した商品を出していく。 リリィと共に御者を務める青年たちも、それを荷馬車に並べるのを手伝い、リリィが個数などを確認してくれる。 そうして一通り積み終えれば、ふと、リリィが漏らす。 「エルフの長老たちはおかしいです。今もこうして、エルフの国のためにたくさんの納品をしてくれるのに、クロムさんのことを追い出して、いまだにそのままだなんて……っ」 まぁ、リリィを手伝っているエルフや混ざりものたちは、リリィとは仲間意識を持っている同僚だから、リリィの言葉にうんうんと頷くが。 「俺が納品をしているのは……兄貴から注文を受けているからだ。それをエルフの長老たちがどう思っているかは知らないが」 それから嫌にハイエルフを信仰する連中。 「それは……その、感謝しているエルフもいます。ただ……未だに認めないエルフも多いんです」 そうだな。今の若い女王なら幾分かましだ。兄貴の異母弟である俺を、混ざりものではなく、兄貴の弟として見る。だからこそ、兄貴もまだ、エルフの国で女王を支えている。 若いエルフは女王の影響を受けつつあるが……古参はそうもいかない。 偏屈なんだ。 「そりゃそうだよ。何たって俺は、エルフの象徴のようなハイエルフと、エルフが蔑むハーフエルフの間に生まれたんだから」 ハーフエルフ……その呼び名すら蔑称だ。混ざりもののエルフをエルフと言う種族のくくりに入れないための、侮蔑を込めた呼び名。 ハーフエルフがハイエルフと結ばれ、子を作っただなんて、最高の不祥事。 ハイエルフが現在唯一の世界樹の番人でなければ、エルフと言う種族からも追放されていただろう。 「でも、お前らは違うだろ、リリィ」 「違うだなんて……」 「違うよ。お前もハイエルフの娘だが、片方は人間。ハイエルフの兄貴が雑用だと言えば、あの気難しいことで有名なひとだ。誰も文句は言えないさ」 そんなことまでして、亡き友人の忘れ形見を、ハーフエルフであっても引き取るひとが、気難しいなんてことはないんだが。 そして同じ境遇でも、能力のある者なら重用するのが兄貴のやり方だ。 だからこそリリィたちは俺の商品を受け取りに兄貴の使いとしてここに来ている。 それでリリィたちがエルフと言う枠組みで暮らしていけるのなら、それでいい。 それが、みんなが幸せになれる道だ。そこに俺は、入っていなくたっていいんだ。 「兄貴に、よろしくな」 「クロムさま……」 リリィは何かを言いかけるが、再び口を閉じる。 「シュルヴェスターさまも、きっとクロムさまの顔を見たいと思っていらっしゃいますよ」 「そうかな……お互いいい歳だ」 兄貴はもうエルフの寿命の半分を超えている。あのひとは俺の血筋を理由に差別するひとじゃない。父が望むならと、後妻の母のことも歓迎してくれている。 何より……そうじゃなきゃ、亡き友人の忘れ形見とは言え、エルフと人間の混血の娘など、引き取るわけがないだろう……? 「でも、今でも懐かしそうに、クロムさまの写真を眺めているんですよ」 「エルフは長く生きれば生きるほど、趣味が減っていくんだ。きっと、ほかにやることがなかっただけだよ」 まぁ、普段は仕事で忙しく暇してる時間もないだろうが。 「兄貴の話はこのくらいにしていいか?あまりしゃべりすぎると、それこそ会った時にまた小言を食らうかもしれない」 「それは……」 リリィは何か言いかけて、口を閉じる。 「それじゃぁな。代金はいつも通り口座にいれておいてくれればいい」 「……わかり……ました」 リリィたちは深く頭を下げると、荷馬車を操り、次の目的地まで移動していく。 さて……俺は……。 お手伝いがんばる弟子のために……何か街で買ってってやろうかね……。 ※※※ 「リューイ、ただいま。帰ったぞ」 「はい、師匠!」 工房に一直線に向かえば、まだ錬成を続けていたらしく、リューイがとたとたと走ってくる。 「お前、ちゃんと息抜きしたか?」 「はい!あの……お花を描いたり、野菜をスケッチしたんです!」 そういや……錬金術の組み立て図を描くのも楽しそうにしてたな……。 リューイは元来、絵を描くのが好きなのかもしれない。今までは抑圧されていたのか、それを趣味にできなかったから、今まで趣味として自覚することがなかった。 いや……こんな場所にひとり預けられる時点で、趣味に触れ合うことのできる環境にあるはずもないか。 限られた箱庭の中であるが、リューイを外に出してやれたことだけは……リューイのためになったのかな。 今では許可を出した区画までは、森への出入りも認めている。 リューイはしっかりとそれを守り、帰ってくると森で見たものをスケッチブックに描いている。 「あの……どうでしょうか。上手く……描けていますか?」 リューイが不安げに俺の顔を見上げてくる。 「……あぁ、とっても上手だよ」 リューイの頭をぽすんと撫でてやれば、すかさず見せてくれる笑顔が愛おしい。 「ほら、いい子で留守番できたご褒美だ」 そう言って、街で買ってきた包みをやれば、リューイが何だろうと顔を輝かせる。 包みを開ければ、そこにはさまざまな色の金平糖が包まれていた。 「これって……」 「金平糖。菓子だ。試しに食ってみな」 「は、はい……」 恐る恐る金平糖を一粒つまんで、口に含んだリューイが、目を輝かせる。 「これ……甘くてとっても美味しいです!」 子どもには庶民だろうと貴族のお坊ちゃんだろうと、メジャーな菓子だと思っていたが、竜人では違うのか……? しかしまだ子どもなのだ。ここにいるうちくらいは、リューイが子どもらしく過ごしたって、アルダも文句は言わないさ。 「師匠、大好き!」 「……っ」 またお前は……俺の心を揺さぶることばかり言う……。
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