錬金術師と別れの秋

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錬金術師と別れの秋

――――リューイが俺の元に来てから、6年が経つ。 リューイはすっかり錬金術師としても成長し、趣味の絵も年々上手くなり、趣味も楽しんでいるようだ。 まぁ不満と言えば、いつの間にかあいつのほうがでかくなったので、俺のベッドは追い出し客間のベッドを使わせていることだろうか。 だが、もう夜魘されることもないようだし、リューイは精神的にも大人になってきたのだ。 ……そろそろ、別れの時か。 長命種からすれば、一瞬の出来事だ。しかしながらどうしてこうも、焦ってしまうのか。 俺が長命種なら、アイツも竜人なのだから、これからうんと長い……エルフよりも、同じ竜人よりも長い時を生きるのに。 こんな風に師匠と弟子として暮らせるのは、今しかあり得ないからだろうか。 だが、最初から分かっていたことじゃないか。 リューイが成人になれば、それは別れの時だと。 「せめて何か……記念になるもんでもやろうか」 街の露店を見て回れば、ふと旅の露店商の商品が目に留まる。 この短剣は……祭剣だな。 そっと祭剣を手に取れば、露店商が声をかけてくる。 「それは本物の剣ではないよ、お客さん。『竜皇への求愛』と言う舞に使う道具だ」 「……だと思った」 「おや、お客さん、舞に詳しいのか。今じゃぁほとんど踊るものなどいないのだがね」 「150年も経てばそうだろうな」 竜皇妃が輿入れの際、何故かこの舞を竜皇に捧げなかったことで、竜皇妃が踊らないのならと市井でも踊るものがいなくなってしまった。 「150……お客さん……その耳エルフか……しかしその髪は」 露店商は、俺のフードの中を見上げ、ハッとする。 「……」 この露店商も……もしかしたら……。 「なぁに、心配いりませんよ。私は偶然、人間に見えないこともない、それだけです」 そう露店商が笑う。 人間の遺伝子は劣性となるはずだが、たまにそうならないものもいる。 そうしてみんな、この世界で隠れながら、バレないように何とか生きている。 露店商が定住せずに旅をしているのも、見た目だけ人間に見えても、人間の中では暮らしていけないからだろう。 俺たち混ざりものは……何にもなれないから。 「これをくれ」 代金を露店商に渡せば。 「少し……多いんじゃないかね?」 「懐かしいもんを見せてくれた礼だよ」 そう言うと、祭剣を脇に挿し、隠れ家へと戻ろうとした。 リューイの気配が……空に消えた。 元々、中に入って来るものには制限を加えていたが、内から空に出るのは自由にしてあったのだ。 それは当然だ。リューイは飛ぶことを覚え、時が来たら帰る存在なのだから。 だからこそ、そこを開けておいた。 世界の意思とも呼べる存在を、俺なんかが閉じ込めていいわけがない。 「リューイ、ただいま」 いないことなどとうに分かりきっているのに、習慣とは恐ろしいものだな。 嬉しそうにパタパタと駆け寄ってくる幻影が見え、もしかしたらと思えども、俺の結界の構築の力がすぐに幻だと告げてくる。 それでも自分の目で見ないと納得できなくて、工房も、薬草園も、畑も見回った。 そして……森の中も。 森の連中をなるべく騒がせたくなくとも、探さずにはいられなかったのだ。 『戻れ、ひとの子。ここには来ぬように言わなかったか』 俺をひとの子だなんて呼ぶのは……魔物くらいだよ。 普段は遠吠えのくせに、こんな時だけ、人語を介するなんて……ずるいな。 『それも、定められたことだ』 竜の子が紛れ込んだとしても、俺の結界が森の秩序を守る限り、ヌシは何も言わぬだろう。 まだ子どもだったから……ヌシは許した。多少の森のざわめきくらいなら、なんとかなる。 竜の子にいきり立つ若い魔物も退けた。 そして竜の子が巣立てば、少しざわつく森も元通りだ。 「悪かった」 森を騒がせてしまった。 『気持ちは分かる』 はて……ヌシにもかつて番がいたのだろうか。 我が子の巣立ちを見送ったのだろうか。 俺の考えを見透かしたように、ヌシが静かに俺を見る。 『種族など関係ない。我が子は、いつまでも我が子だ』 「……」 ヌシの子……森では見かけたことなどない。ひょっとしたら……もう森自体から巣立ってしまったのかもしれないな。 とぼとぼと隠れ家に戻り、椅子に腰掛ければ、ふと、テーブルの上に置かれた手紙に気が付く。 『師匠 突然ごめんなさい。 ぼくは竜皇国に帰らなくてはならなくなりました。 本当はちゃんとお別れを言いたかったのですが、 お別れを言えば、やはり師匠と離れたくないと思ってしまうから。 突然のご無礼をお許しください。 今までありがとうございました。 けれどいつか、必ず師匠を迎えに行きます リューイ』 恐らく、俺がいない時の方がいいと思い、アルダが外まで迎えに来たのだろう。 リューイはアルダと、通信魔道具の番号は交換しているから……アルダからリューイに連絡が来れば、事足りる。 万が一、俺がリューイに情を抱いていれば、離れがたくなるから、そうして俺に内緒で、ずっとことを進めていたんだな。 でもアルダ……別れなんて、長い生で幾度となく経験し、別れるしかなかった。 リューイはせめてものと書き置きを残してくれたが。 迎えに……迎えにって……。 「そんなの無理に決まっているだろう」 竜皇国に帰ったと言うことは、お前は……竜皇になるのだろう……? こんな混ざりものの俺が会えるわけがない。アルダは俺の知己だが、俺を竜皇に会わせることは、お前のほかの臣下が許さない。 もう、会えない。 ただいまを言っても『お帰り』と返してくれるお前はいない。 だから……せめて別れの挨拶くらいはしたかったな。 「情などかけなければ良かった」 それは最初から分かっていたことだ。けれど長く暮らせば多少の情は湧く。それでも冷たく突き放していれば……こんな思いはしなくて済んだだろうか。 俺は静かに祭剣をマジックボックスにしまえば、ふと、リューイの鱗で作った祭具があることを思いだした。 それを取り出し、ひとりぼうっとしながらも、窓の外から冷たい空気が流れ込んできてハッとする。 冬が来て、雪が記憶ごと降り積もれば、たったひとときのことなど、すぐに忘れるだろうか。春になり雪が溶ければ、雪ごと、記憶も消えてなくなるだろうか。 きっとそうだ。そうに違いない。 200年、ずっとずっと……そうだったから。
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