又右衛門、斬ってはならぬ

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 忍びの移動速度ならば、すぐにでも城下町の一角にある根来同心の住処まで赴くことができたが、さすがに昼の真っただ中では人目につくかもしれない。余人の振りをするのはいささか面倒ではあったが、一黙坊の狙撃が失敗した昨日の今日である。  獰猛な癖に小狡く頭が働く二人の法師は、物見遊山の旅の僧侶のように町を練り歩き始めた。  彼らを遠くから見つめる視線に気づくこともなく。          ◇◆◇  宇都宮城の西の外れ、新しい武家屋敷地区の一区画に、およそ百人の根来同心たちの町があった。  町といっても、いくつかの長屋があるだけで、今でいう団地のようなものである。  本多家の人手不足の解消策として幕府から派遣された根来同心たちは、ほとんどが男所帯ではあったが、わずかに妻子を連れてきているものもおり、そのために正純が用意した仮宿であった。  だが、根来同心たちの本当の目的は、本多正純を監視するために幕府から派遣された間諜であった。  家臣団に巣食う獅子身中の虫になることが役割なのだ。
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