又右衛門、斬ってはならぬ

5/279
前へ
/279ページ
次へ
 ちらりと北側を見やる。  彼と家族の住む二の丸の御殿曲輪からは、宇都宮城の本丸の一部しか見えず、大工たちが精魂込めて建築している天守閣は残念ながらまだできていない。  予定よりも工事の進捗状況が遅れていたせいだ。  去年から続く面倒なもめ事のためである。  果たして、あのもめ事をどのように解決すればいいのか、それが正純のここしばらくの最大の頭痛の種であった。  いつものように、彼のやり方で押し通せばいいことはわかっている。  だが、そのやり方を貫いてきたおかげで、政の中枢である江戸から遠ざけられ、この宇都宮にまで離されてしまっているのも事実だ。  彼が江戸を発つときの、二代将軍の嬉しそうな顔が忘れられなかった。  ついに目の上のたん瘤を追い出したと快哉を叫ばんばかりの喜びようであった。 (そこまで憎まれていたのか)  もちろん、彼の側には二代将軍徳川秀忠に対しての恨みも憎しみもない。  ただ、幕閣の一員としていつも通りに、父から教わったように政務をこなしてきただけなのに、それが秀忠には気に食わぬものであるらしい。
/279ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加