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視線をあげ月を仰ぎ見る。
大御所家康と正信とともに徳川の世の土台作りに励んだ時代が懐かしい。同時に秀忠の青黒い、なんともいえない翳のある顔が思い浮かぶ。
ふと、埒もないことを考えてしまう。
秀忠などにつかずに、もっと家康の次男秀康を推すべきであったかと。
(太閤秀吉に養子に出されて、結城家の養子となった秀康公をこそ将軍にするべきであったかもしれん)
長幼の序列を乱すまいという家督相続の原則だけでなく、後継者の資質についても、もっと主張すべきことがあったのではないか。あの頃、すでに秀忠のもつ将軍家にふさわしからぬ人柄はわかっていたというのに。
しかし、家臣としては主君が後継者を決めたのならば文句も言わずに従い、例えその人柄がどうであったとしても心底忠義を尽くさなければならないのもまた事実であった。
そして、大御所様が秀忠を選んだのだ。
正純はそれに従うほかはない。
「是非に及ばずか……」
結果として、本多正純はここにいる。
これからは、江戸から数日とはいえ十五万五千石と引き換えに中央の権力から引き離され、一大名として領地の経営に勤しむだけの人生となりそうであった。
それはそれで良しとも思えるのは、一度でも天下を自分の才覚で引き回すことのできた高級役人の誇りであろうか。
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