又右衛門、斬ってはならぬ

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 戦国大名としては破格のうまさで忍びを活用していた大御所家康の側近であった正純であったからこそ、なんとか察することができたというほどの腕前であった。  ただ不思議なのは、江戸にいた頃ならばともかく、わざわざ宇都宮くんだりまで飛ばされてまっている正純の様子を窺う必要性は薄いことである。  それに、忍びを送り付けた相手は何者か?  忍びが依頼主なしで動くことなどありえないのだから、誰かが背後に潜んで命令を下したに違いない。 (わしの命をとりにきおったのか……)  特段あり得ないことではない。  現在、江戸で彼に代わって幕府の実権を握りつつあるのは土井大炊頭利勝、古老として睨みを利かせる酒井雅楽頭忠世、井上主計頭正就の三人だ。  この三人のうち、誰であっても不思議はなかった。  彼らにとっては、正純こそが最大の政敵であり、目の上のたん瘤でもあるからだ。  さらに思い浮かぶうちで最悪の想像まですると、もしかしたら将軍自身からの指図であるかもしれない。自分にとって耳に痛い諫言をする家臣は、その主君に憎まれることが往々にしてあるものだ。秀忠ならばとくにありうるだろう。  この忍びの目的が彼の暗殺だとするのならば、いつまでもこんな場所にいるわけにはいかない。
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