別れと始まり

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 ふわふわの枕に顔を埋め、大きく息を吐いた。お父様の前で強ばっていた身体から徐々に力が抜ける。ふっと眠気が襲ってくるが、それどころではなかった。    ど、どうしよう。悪役令嬢の婚約者なんて攻略対象でないはずがない。  手足をジタバタと意味もなく動かしてみるが、すぐに上がる息に運動不足を痛感するだけで、状況は変わらない。  攻略対象と関わりを持ったらおしまいだと思っていたのに、関わらずにはいられない状況へと追い込まれるなんて一生の不覚だ。そういえば、前世で読んできた話でも、記憶を取り戻してすぐに攻略対象に、という展開があった気がする。すっかり油断をしていた。  いや、まだ諦めちゃいけない。  がばっと上半身を起こすと、メモ帳を取り出した。  そして1ページ目には思いつくまま、大きく「塩対応」と書き記す。そう、必要以上にベタベタしなければいいのだ。本当であれば良い関係を構築して自分の味方につけられたらいいのだけど、相手のことをよく知らない今、それはリスクでしかない。    こういった話に出てくる攻略対象は、何かしらの闇を抱えているのがセオリーで、それを癒すのがヒロインの役目。逆に悪役令嬢はその地雷をこれでもかと踏み抜きまくることが仕事と言っても過言ではない。  「えーっと、まず服装は派手すぎず地味すぎずの定番のものを頼んで…いや、やっぱりアストリアの魅力を最大限に引き出して好印象を狙うべき?でもできるだけ関わりたくないしなぁ。」  人生のロールモデル達の行動を参考にしようと思ったけれど、圧倒的な相手の情報不足で対策のしようもない。テスト範囲も知らないまま闇雲に教科書を読んでいるような気持ちになる。 「とにかく相手のことをよく観察して、情報を収集すること。そして笑顔を忘れずに!」  結局どこかの営業マンのようなアドバイスしか思い浮かばないまま寝る時間を迎え、不安で胸をいっぱいにしたまま眠ることとなった。    ほんの少し、毛の先ほどは明日のお見合いでイケメンに会えることへの期待もあったけれど、夢の中で超絶イケメンから必死に「お願いだから明日は大人しくしていてくれ。万事うまくいくから。」と言われたのは心外だった。  私はイケメンに浮かれてヘマをしたりしないよ?関わらないつもりだし、と主張したのだけれど、それを聞いて余計に悲痛そうな顔をしたイケメンさんは「なんでこう自我が強いやつばかり転生してしまうんだ。」 と嘆いていた。特別私の自我が強いとは思わないけれど、かわいそうなので明日は頑張ります、と宣言しておいた。それを聞いたイケメンさんはがっくしと項垂れて、もう何も言わなかった。残念、せっかくなら笑顔を拝みたかったのにな。    目が覚めた時にはもう霞がかかったようにぼんやりとしか思い出せなかったけれど、夢が願望の現れだとしたら、私の願望はイケメンに心配され、憐れまれることなのかしら、と寝起きの回らない頭で考えるのだった。
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