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激しいサウンドは炎のように身体と魂を揺さぶって、しっとりとした曲は水のように心の奥までじんわりと沁み込んできて涙が滲む。
ステージの世界観が世界そのもので、彼の一挙一動に感覚の全てを持っていかれるような錯覚。その高揚のまま、いっそこの幸福のまま死んでしまっても構わないとさえ感じる。
何とかこの感動を伝えたくて、この命を差し出してしまいたくて、わたしはそっと胸の前で両手を使ってハートを作った。
「……えっ」
すると、目が合った。そう感じるのは、ファンの都合のいい勘違い。そう思うのに、ダメだった。
差し出されたハートを掴んだとばかりに、他でもない愛する燈夜くんが拳をまっすぐわたしの居る方に付き出して、奪い取るように強引な仕草でその手を引く。
そんな動き、こんな明るい曲の振り付けにはない。
そして向けられた悪戯な笑みに、心臓を奪われただけでなく撃ち抜かれた。
先程生を実感したばかりだったけれど、わたしは今、一瞬にして千回くらい死んだかも知れない。
正直、そこから先の記憶が曖昧だ。
濃密で愛しい時間は、あっという間だった。ツアーならではのご当地ネタを交えたMCも、メンバー内のデュエット曲やソロ曲も、夢のような時間は数倍速で進んでいく。
気付いたら終わっていた演目に、メンバーが去ってから気付く。終わってしまう。そう考えたら耐えられなくて、アンコールは切実に、泣きそうになりながら手を叩いた。
「あと一回だけでいい……また、わたしを見て……燈夜くん」
あの瞬間だけでも一生に一度の奇跡なのに、知らず知らず欲張りになって、ついそんな願いを抱いてしまう。
アンコールに応えてくれ、物販でも売られていたツアーTシャツに身を包んだメンバーが再び現れた時には、歓喜に震えた。
アンコールに披露された三曲はもう燈夜くんと目が合うことはなくて、手を振ったり客席全体へのファンサービスを享受するだけ。
他のメンバーから目線を貰えた気がしたけれど、ただ嬉しいばかりであの心臓を貫くような衝撃は訪れない。
わたしは残りの数分を噛み締めるようにしながら音の波に乗り、愛する彼とお揃いのラバーバンドを揺らしながら、最後の瞬間までその空間を満喫した。
「みんなありがとう、愛してるよ」
「……わたしも、愛してる」
*******
会場を出てすっかり暗くなった空を見上げると、本物の星空はペンライトの光の海に比べて遥か遠く、先程までの光景が全部夢だったんじゃないかとさえ思える。
けれど、遠くに光る三日月が笑っているようで、それはステージで花咲くように綻ぶ燈夜くんの笑顔に似ていた。わたしはアクリルスタンドを掲げて、空に向かって微笑み返す。
「ありがとう……燈夜くん。世界一幸せな夜だった」
確かにあの時、一瞬目が合って、彼に魂ごと奪われた。あの瞬間が泡沫の夢だったとしても、幻だったとしても構わない。跳ねた鼓動は、その衝撃は本物だ。わたしは鮮明な内に、何度も記憶を反芻した。
ライブの帰り道には同じように恍惚に浸るファンたちが居て、歩く度にその数が減っていった。それぞれが日常へと帰るのだ。
熱の余韻を残したまま辿る、夢の終わり。叶うことならずっと、あの時間の中に居たかった。あの刹那を永遠にしたかった。
それでも、明日は仕事だ。これから新幹線に乗って、わたしは現実に戻らなくてはいけない。家に帰りつくのは日付を越えた後だろう。
電車待ちの駅のホームで、わたしはライブ終わりの写真を載せてくれるメンバーのSNSをチェックする。
そして『いいね』と押した赤いハートは、すぐにたくさんの数字の内のひとつになる。
あと一度、何度もそう願ったけれど、きっともう二度と、燈夜くんがわたしのハートだけをまっすぐ奪ってくれることはない。
「それでも……燈夜くん、愛してる……」
本来決して交わることのない、叶うこともないこの気持ち。彼と付き合いたいだとか、そんな夢を見るつもりもない。
けれど、どうしようもない程溢れるこの気持ちを止める術を、わたしは知らなかった。
元々人より身体も弱く、人見知りで誰かと関わることが苦手だったわたしが、一人でライブのために遠征して、知らない人とグッズ交換なんて出来るくらいに強くなれたのは、燈夜くんに恋をしたからだった。
Starry Nightと出会えたから、わたしは今こうして生きている。
やがてやってきた電車に乗り込み、会場で身体を貫いたスピーカーからのサウンドより遥かに静かに揺られながら、夢の地を後にする。
SNSでライブの感想を呟いたり、他の参加者の感想を眺めたりしながら過ぎ行く可惜夜の中、わたしはそっと目を閉じる。
目蓋の裏で何度でも思い浮かべる、もう二度と向けられることのない愛しい瞳。赤い光の海で交わった、一瞬の奇跡。
わたしはあの瞬間を永遠にするように、ぽかりと空いた胸の奥に、深くこの夜を刻んだ。
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