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ファーストミーティング
ドアの前に立ってから一度深呼吸した。拳を握って強めにドアをノックする。
中から「うぉーい」と野太い声がした。
そこでドアノブを回しそっと開ける。ドアの隙間から汗の臭いとカビの臭いが混ざった酸い臭いが漏れてた。
ドアの隙間から中を覗くとパンツ一丁の男たち数人が、こっちに顔を向けている。
「キャッ」と声をあげ、慌ててドアを閉めた。
鼓動が激しくなり胸に手を当てる。
すぐにドアが開いて、一人の男が出てきた。体が自分の倍くらいある。
男はパンツ一丁のままだ。目のやり場に困り俯いた。
「なんすか」
男が顔を覗きこんできた。
「こ、ここは東上学園の野球部の部室ですよね」
俯いたまま訊いた。
「そうっすけど、何か用っすか」
「わ、わたしは今日から野球部の監督になった種田です」
「えっ、マ、マジっすか?」
「あ、はい、マ、マジです」
男がじっと顔を覗きこんできた。顔を見ると、大男は険しい表情をしていた。
「ちょっと待って」
大男がそう言ってから部室の中に入り、ドアをバタンと閉めた。
閉まったドアの前に立ち尽くす。
中から声が漏れてきた。
「新しい監督来たけど、バカっぽい女だぞ」
「えっ、今度の監督って女かよ」
「そいつ野球知ってんのか」
「マジかよ」
「ざけんなよ」
「もう、やる気なしだわ」
「俺、野球部辞めるわ」
「野球部は学校に見捨てられたわけ」
中から漏れる声を聞いてるうちに、体がだんだん小さくなっていく。このまま立ち去りたい気分だ。
しばらくすると、部室のドアが開いて、最初の男が顔を覗かせた。
「とりあえず、グラウンドで待ってて」
男はそう言うと、すぐドアを閉めた。
真っ白なユニフォーム姿の大男たちの前に立たされ、足が震えた。呼吸するのも苦しくなる。
「きょ、今日からこの学校の野球部の監督になりました種田未来です。よろしくお願いします」
新入生のような挨拶をして、深々と頭を下げる。緊張して顔が強ばっているのが自分でもわかる。
顔を上げて、前に並ぶ大男たちを見渡す。
彼らは未来の方に顔を向けていない。後ろ手に組んで下を向いている者、腰に手を当て空を見上げてる者、腕を組み宙を見ている者、さまざまだが未来の話に耳を傾けている者は誰一人いない。
「あんたが監督すんの」
ユニフォームに牧野と書いた男が訊いてきた。部室で最初に会った大男だ。
「ええ、そうよ。よろしくね」
出来るだけ笑みを作った。
「あんた、野球知ってんの」
牧野がきつく冷たい視線を向けてきた。
「ごめんなさい。野球は全くの素人なの。でも、これから一生懸命に勉強するわ」
「バカにすんなよ。俺たちは引退まで残り三ヶ月なんだよ。三ヶ月後には高校最後の大事な大会があるんだよ。それまでに野球のこと覚えられるわけねえだろ」
牧野が怒りを露にした。
「でも、一生懸命に勉強するから……」
必死で訴えようとするが、言葉を遮られる。
「野球をなめんなよ。俺たちは小さい時から野球やって甲子園目指してたんだ。十年以上、毎日毎日野球やってきたんだ。それでもうまくいかねえんだぞ。それをたった三ヶ月で覚えられるわけねえだろ」
ユニフォームに高塚と書いた男が喚いた。
「野球をなめてるつもりはないの。出来るだけあなたたちの力になれるようにと思ってるだけ」
高塚の方に顔を向けた、
「お前らのそういうのがうぜえんだよ」
牧野が言った。
「ごめんなさい。でも、本心よ。あなたたちの力になりたいの」
「じゃあさ、あんたが俺たちを甲子園に連れて行ってくれるわけ。前の三次監督は甲子園に連れて行く約束で俺たちをここの高校に誘ってきたんだ。女子高だったここが男女共学になった年に、俺たち三年生は三次監督に誘われたからここにた来たんだ。いっしょに甲子園に行く約束でな。本当なら他の高校で甲子園を目指すつもりだったのに、それを断ってここに来たんだぞ。俺たちの高校生活すべてが残り三ヶ月にかかってんだぞ」
牧野の最後の言葉は怒りを露にして喚いていた。
「三次監督の件は残念だったけど、わたしが三次監督の後を引き継いだ以上、あなたたちの夢が実現できるよう協力するわ」
「あいつ、酒飲んで車で事故起こしたんだろ。あいつもふざけんなよな。俺についてくれば甲子園に行けるなんて言っといて、何やってんだよ。学校もいい加減にしろよ。これからは野球部に力を入れるとか言っときながら、三次が問題起こしたら尻込みして、野球経験無しの女を監督にすんだからな。野球部に力を入れて俺たちのこと考えてくれるんなら、野球経験者を連れてくるのが普通だろ。なんであんたが監督なんだよ」
「ごめんなさい。学校がどうしてわたしを野球部の監督にしたのかはわからないわ。でも、わたしは出来る限りのことはやるつもりよ」
「もういいよ、あんたは適当にやっといて。俺たちで何とかするから。みんな、さっさと練習しようぜ」
男たちは「ほーい」と言ってグラウンドに散って行った。
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