春の大会

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春の大会

 東上学園高校野球部の春の大会初戦の相手は、県立の進学校城山高校だ。未来監督にとってはじめての野球部の公式戦になる。  東上学園は二回の攻撃でワンアウト一塁、三塁と先制のチャンスをむかえたが、九番打者所沢がスクイズ失敗して得点機を逃した。  相手バッテリーは、スクイズのサインを見破り、投球をピッチアウトした。所沢はピッチアウトされたボールに飛びついてなんとかバットにボールを当てたが、ボールは所沢の真上に上った。相手ピッチャーがダッシュしてそのボールをキャッチした。これでまず所沢がアウト。そのあとピッチャーは三塁にボールを投げた。三塁ランナーの太田は戻りきれずアウトとなりダブルプレーになった。 「なんで、スクイズのサインなんや」  スクイズでピッチャーフライを打ち上げてしまった所沢が口元を歪めた。 「失敗したくせに偉そうなこと言うな。あのままお前に打たせたところで、外野フライすら打てねえだろ。バット振っても当たらねえんだからよ、スクイズにしてやったんだよ。それなのに、バットに当てたはいいが、ポーンとしょうもないフライ打ち上げやがって。ダブルプレーって一番最悪やわ」  キャプテンの牧野が所沢を睨みつけた。  「向こうのバッテリーにピッチアウトされたんやから仕方ないやろ。あんな高いボール、バットに当てんのが精一杯やで。お前のサインの出し方が下手やから、相手バッテリーにスクイズがバレてんのよ。バレバレのスクイズのサイン出されたら成功できるわけねえよ。それとな大田、あれはサードに戻れたやろ。戻ってたらダブルプレーにならなかったのによ。チンタラ戻ってるからアウトになるんや」  所沢は三塁ランナーだった太田にもキレた。 「お前のスクイズが信用できねえから、早めに突っ込むしかねえんだよ。お前はスクイズでも空振りの可能性高いし、バットに当てたとしても、これまでピッチャー正面のゴロばっかりやったやろ。それでセーフになろうと思ったら、ホームスチール決めるくらいのスタートじゃねえとムリなんやからな。こっちはお前が下手過ぎるから、フォローに大変なんやで。なのに、まさか打ち上げるとはほんま最悪や」  今度は太田がキレた。 「なんやと」  所沢が太田の胸ぐらを掴んだ。太田も所沢の胸ぐらを掴む。二人が睨みあう。 「あなたたちやめなさい。喧嘩はよくないわ。ダメだったことは仕方ないわ。また、練習して上手くなりましょうね」  未来が所沢と太田の間に入って二人を引き離した。 「監督がしっかりしねえから、こんなぐちゃぐちゃなんだよ」 「こんなんじゃ勝てるわけねえ。監督、練習やってもムダや。あんたが野球知らねえんだからさ」  所沢と太田は二人そろって未来に怒りをぶつけた。  ピッチャーの横山が連続ファーボールからセンター前にタイムリーヒットを打たれ先制点を許した。 「あー、疲れたー。横山、お前、ストライクくらい取れよな。ファーボールばっかじゃねえか」  ベンチに帰ってきた植田が横山に向かって言って、グラブをベンチに叩きつけた。 「さっきのセンター前ヒット、あれは普通のセカンドやったらセカンドゴロやで。あれをヒットにされたらピッチャーはたまらんわ」  横山が誰に聞かせるでもなく、一人言のように言って、ベンチにドーンと腰をおろした。 「なんやとー、ファーボール連発して、俺らの守備のリズム崩したくせにヒット打たれたんもこっちのせいにするんか。横山ええ加減にせえよ」  横山の言葉を聞いたセカンドの都筑が反応し、ベンチに座る横山の前に立って、彼の胸ぐらを掴んだ。 「ほんまのことやろ。お前は守備範囲が狭すぎで下手すぎや」  横山は胸ぐらを掴まれたまま都筑をじっと睨んだ。 「あなたたち、やめなさい。仲良くしましょうよ。同じチームなんだから、まずは仲良くね」  未来がそう言って、横山の胸ぐらを掴む都筑の右腕を引き離した。 「監督は引っ込んでろや。なんも出来ひんのやから」  都筑が未来を睨みつけた。 「どっちもどっちや。横山はストライク入らへんし、都筑は下手くそやし、監督は野球知らんしな。こんなチームはどうしようもないわ」  牧野が帽子を浅く被りベンチにふんぞり返って座った。  東上学園がチャンスを作った。牧野と高塚が連続ヒットで出てワンアウト一塁、二塁だ。  しかし次のバッターの太田はピッチャーゴロでダブルプレー。またまたチャンスを逃す。 「太田、中途半端なバッティングしやがってよー。なんやねん、あのへっぴり腰なバッティング。せっかく俺がチャンス広げたのによ。それにファーストまで全力疾走せえよ。あんな当り損ねのポテポテの打球でなんでダブルプレーなんねん」  二塁ランナーだった高塚がベンチに返って太田の尻を蹴った。 「いってぇー、やめんか」  太田は高塚を睨みつけた 「やかましい、下手くその鈍足野郎」  高塚はそう言ってサードの守備位置に向かった。 「お前の方が下手やないかー」  太田はサードの守備位置に向かう高塚に怒鳴った。  春の大会の初戦の東上学園高校と城山高校の試合は、結局五対〇で東上学園は負けた。 「また、負けたわ。お前らほんまにしっかりせえよ」  牧野がベンチに引き上げたみんなに言った。 「牧野、負けたのは俺たちの責任みたいな言い方するけど、お前にも責任はあるやろ。なのになんでそんな偉そうなんや」  ピッチャーの横山が言った。 「城山の貧打線に五点もとられたピッチャーが偉そうに言うな」  牧野が横山に言い返す。 「打つ方かて一点もとってへんのやから、そっちの方が問題やろ。城山のピッチャーの球が打たれへんかったら、どんなピッチャーも打たれへんで」 「フン、お前の球やったら打てんのにな。ヘボボールやからな」 「なんやとー」 「やめなさい、さあ帰るわよ」  未来が牧野と横山に言った。 「監督は負けて悔しくないんすか」  牧野が言った。 「そりゃ、悔しいよ」  未来が牧野を見上げた。 「悔しそうには見えへんわ。まあ、しゃーないか、監督は野球のルールもわかってへんし、無理やり監督やらされてるだけで野球に興味ないもんな。俺ら東上学園が勝ち進むよりさっさと負けてくれた方が楽やもんな」  牧野は未来と目を合わせようとせずに遠くを見ながらいった。 「そんなことないわよ。一生懸命応援してるし、勝ってほしいわよ」  未来は涙をグッと堪えた。 「じゃあさ、今日の負けに対して、俺たちにバツを与えんのか」 「バツ?」  未来が首を傾げた。 「ああ、三次監督は、俺たちが不甲斐ない負け方したら、全体責任でみんな学校に帰ってからバツがあった。グラウンドで全員正座させられたり、学校の周りを十周走らせられたり、うさぎとびでグラウンド一周させられたり、いろいろバツがあったで」 「みんな一生懸命やった結果だから、バツはダメよ」 「そんなあまっちょろいことで、これから俺たちは勝てんのか? 監督、春はまだいいけど、三ヶ月後の夏は絶対に負けられへんのやぞ。わかってるやろうな、目標は甲子園出場やぞ。俺たちはその約束でこの学校に来たんやからな。約束は守れよ。俺たちの高校三年間をムダにするなよ。絶対やぞ」  牧野が未来の鼻先に人差し指を向けた。  
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