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キャプテンラストミーティング
キャプテンの牧野はタオルで汗と涙を拭ってから、みんなの前に立った。
「みんな、お疲れ」
牧野はそれだけ言ってタオルで目頭を抑え下を向いた。牧野の肩がヒクヒク上下している。
牧野は顔を上げようとしない。みんなは牧野の様子をしばらく見ていた。
心配になった未来が牧野の元へ一歩踏み出した時、牧野が顔を上げた。彼はみんなに向けて無理に笑顔を作ってから話を続けた。
「俺たち、毎日必死で練習してたのに、結果は残念ながら一回戦敗退でした。応援してくれた方に申し訳ない気持ちでいっぱいです。すいませんでした」
牧野は坊主頭を下げた。
「なぜ俺たちはこんなに弱いのか、この三ヶ月間いろいろと考えました。中学時代の俺たちはみんなエースや主力バッターばかりでした。中学の頃の俺たちの目標は、もちろん高校に入ったら甲子園に行くことでした。そんな俺たちを三次監督がこの学校に誘いました。女子高から共学に変わる一年目、三次監督は俺たちが三年生になる年に、俺たちを甲子園に連れていくと約束してくれました。俺たちもそのつもりで一年から必死で練習しました。しかし、なかなか勝てませんでした。みんな実力のある選手ばかりなのに、なかなか勝てませんでした。三次監督には負けるたびに怒鳴られました。殴られることもありました。俺たちが最上級生になった去年の秋の大会からは絶対に負けられないと思っていました」
そこで牧野は言葉を詰まらせ目頭にタオルを当てた。
「頑張れー」と保護者から声が飛んだ。
牧野は顔を上げてから、声のした保護者の方に向かって小さく頭を下げた。
「でも去年の秋も簡単に予選で負けてしまいました。負けた日、学校に帰ってからグラウンドで、一時間正座させられました。九回にエラーから逆転されて負けた試合でした。あの時、俺はエラーした奴のせいで負けたと思ってました。正座させられている間、エラーした奴を恨みました。その日、ピッチャーは野手に向かって言いました。打てなさすぎや、守備範囲が狭すぎや、キャッチャーが何も考えんとサイン出すからやと。野手はピッチャーに言いました。コントロール悪すぎや、スタミナ無さすぎや、リズム悪すぎやと。誰もが試合で負けたことを他の奴のせいにしていました。レギュラーをはずされたらグラブを投げつけました。バットを叩きつけました。今思えば、そんなチームが勝てるわけないんです。俺たちはそれに気づくのが遅すぎました。それに気づかせてくれたのは未来監督の姿を三ヶ月間見てきたからです」
そこで牧野は未来の顔をじっと見た。牧野の目は真っ赤だ。
「未来監督は野球を全く知りませんでした。最初は邪魔だと思いました。未来監督に向かってきついことも言いました。けど、未来監督はずっと俺たちのためになることをしようとしてくれてました。未来監督は休み時間や家に帰ったあと、野球のルールを覚えるために本を読んでいました。練習の後、バットやボールをいつもきれいに磨いてくれていました。手の豆がつぶれて血まみれになりながらノックの練習をしていました。休みの日は他の学校の試合を視察に行っていました。試合の日は俺たち全員におにぎりを作ってくれました。未来監督のそんな姿を見てこれが俺たちに欠けてることだとやっと気づきました。この夏はそれに気づかせてくれた未来監督をどうしても甲子園に連れて行きたかった。未来監督に甲子園の素晴らしさを体験してほしかった。でも、出来ませんでした。未来監督、本当にごめんなさい」
牧野は未来に向かって深々と頭を下げた。
「二年生にお願いです。次のキャプテンは川田にやってもらいます。来年は川田を中心に強いチームを作ってください。川田なら絶対に出来ます。未来監督を甲子園に連れて行ってあげてください。二年生はこれから一年間あります。チームとして強くなるために、俺たち三年みたいなバラバラなチームじゃなく、みんなで力を合わせて甲子園を目指してください。俺たちは甲子園には行けなかったけど、未来監督のおかげで、これからの人生に役立つ経験ができました。未来監督、本当にありがとうございました」
牧野は深々と頭を下げた。
そこにいる全員から拍手喝采がおこった。
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