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東京都蕨塚区の閑静な住宅街に、ヨーロッパの石造りの外観を模した、豪邸が建っていた。
近所では「古城」と呼ばれ、ヨーロッパの城を思わせる外観は、主人の趣味を色濃く表わしていた。
大きな木製ドアの中には、サーベルや甲冑の模造品が並び、上がり口がなくて、赤い絨毯に土足で上がるようになっている。
伊藤が雇った、若い石川 花は広いリビングの中央で、白いテーブルクロスを広げ夕食の支度をしていた。
これまた伊藤の趣味で「メイド」として雇われ、ヒラヒラとしたレースやリボンで着飾った服装を、好きとも嫌いとも思わず淡々と仕事をする。
燭台に灯を入れる、と言っても電球色のLEDのスイッチを付けるのだからわざわざ他人にやらせなくても、などと考えるが毎日のルーティーンになっていた。
この屋敷に職を求めてきた理由は2つある。
まずヨーロッパの趣が、趣味に合うからである。
趣味趣向ではなくて心の奥に、しまい込んでいるものに、打ってつけなのだ。
2つ目は、主人の伊藤 敬一郎に近づくためである。
夕食はいつもきっかり7時に始まり、客を呼ぶ日が多かった。
製薬会社や薬局関係者、医者、大学の研究者などが、知識人ぶって世の中を批判してみたりなどしている。
メイドの石川にとっては、嫌悪感すら覚える話題である。
こうして2時間ほどの夕食が終わると片付け、自室に戻ってため息をついた。
メイド服というものは、ヒラヒラした飾りばかりで悪趣味なロリコン好みにできている。
手先が器用な石川は、ちょっと現代風にアレンジしてタイトなイメージに作り替えてみた。
これが伊藤にも受けて、時々カスタマイズして欲しいと要望されたほどだった。
ふん、と鼻を鳴らすと脱着できるレースを外し、シックな黒衣に早変わりする。
イメージは、ヴァンパイアである。
そう、伊藤は愚かにも、自ら進んで血を啜られるために雇ったのだ。
少しずつ、少しずつ、奴の魂を削り、血を抜き取り、肉を削ぎ、地獄へ落とす。
頭の中に怨念が満たされる快感に酔いしれ、今度は本物の燭台に火を灯した。
今夜も、魂をあの世に導く炎がゆらめき、胸の前で手を組んだ彼女の心を鎮めていく。
「あと一回 ───」
口角を上げ、歪めた顎を月明りが照らした。
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