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井澤は、向かい側の上田の部屋で状況を整理していた。
「まず、伊藤 彩花が5年前に衰弱死した。
精神的にも、身体的にも追い込まれて、哀れな死に顔だったそうだ」
「それが、呪いのせいだっていうのね。
他殺だとして、誰かに怨みを買っていたのかしら」
井澤は肩をすくめて見せた。
「友人関係を当たってみたが、個人的な怨みを持っていそうな人物はいなかった。
だとすれば、一代で財を築いた敬一郎の方だろうな。
心臓の難病を直す成分を発見したときのニュース記事が出てきた」
「なかなか世に出そうとしなかったために、批判されていたのよね」
頷いて、先を続けた。
「難病で苦しむ人たちを、早く救ってあげたい気持ちを持てなかったのはなぜか」
「研究者として、突拍子もない夢を追うような彼のテーマが、度々学会で批判されていて、ネットで炎上も起きていたわね」
「教鞭をとった大学では、学生からの評価が低かったようだ。
授業に工夫がないとか、中身が難しすぎて理解できないとか」
一息ついて、キッチンから持ってきたコーヒーメーカーで深煎りを落とした。
香りが張りつめた神経を緩め、カップに注いでブラックのまま口に運ぶ。
「そうなると、犯人はどこにいてもおかしくないわ」
椅子に深く腰掛け、天井に視線を移して瞑目した井澤は間を置いてから言った。
「メイドの石川には、裏がありそうだ」
仕事が終わり、夜になると、部屋に閉じこもったきり出てこない。
これ自体は珍しくないが、外から観察しても、遮光カーテンをずっと閉めたままである。
人間の心理として、日に何度か陽の光を浴びたいと思うものだ。
精神的に不健全な状況なのかも知れない。
「居候の橙沢 茜について、興味深い事実がわかったわ」
廊下の奥に仕掛けたカメラの映像と、石川と橙沢の部屋の盗聴器の音を確かめながら、先を促した。
「敬一郎は、論文以外にもエッセイや小説を書いていて、教え子の友人だった橙沢に意見を求めたり、推敲や事務的な仕事をやってもらっていたらしいの。
そして、賃金、というよりも高価な服や貴金属をあげていたようね」
「そっちの線か」
「麻美も関係を知っていて、公認で不倫していたようよ」
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