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5年前。
帝都大学で教授の伊藤 敬一郎に自作のミステリィを読んでもらい、薬学の見地から意見を聞いていた橙沢は、食事に誘われ関係を持つようになる。
だが、不倫への罪悪感から別れ話を切り出すと、
「大学にばらすぞ。
俺には君が必要だし、何かとお互いに利益になるはずだよ」
などと言い、高価な服やバッグなどを買い与えた。
いつしか家に住み込みで原稿執筆の手伝いをするようになった。
娘の彩花からも不倫関係を責められ、神経を張りつめた生活が続く。
「もう、耐えられない」
思いつめた彼女は、証拠が残らない毒物を調べ、一家全員を殺害する計画を入念に準備した。
彩花を毒殺すると、敬一郎から疑われるようになる。
自分から注意をそらすために、魔術信仰のサクリファイズ・インカンテーションに入っていると噂の石川に、メイドの募集をそれとなく知らせた。
重い心臓病を患い、治療薬が間に合わず死亡した妹の件は、単なる偶然だった。
事務所に戻った井澤と上田は深煎りコーヒーを淹れたカップを口へ運んだ。
探偵の仕事は、浮気調査がかなりのウエイトを占めている。
「今回も、浮気がらみか ───」
心地よい香りが神経を鎮め、身体を軽くしていく。
「探偵は、浮気調査のためにいるようなものよ」
吐いて捨てるように言った。
「たまには、殺人事件とか警察の捜査に協力するようなデカい山はないかな」
と言ってみたものの、不謹慎だな、と思い直した。
「直接解決に結びつかなかったけど、殺人事件に関わったと言えるんじゃないかしら」
井澤は、この話題を打ち切ろうと思い、パソコンのメールチェックを始めた。
また、身辺調査とペットの捜索依頼があった。
深いため息をついて、手帳を取り出し、スケジュールを調べ始めたのだった。
了
この物語はフィクションです
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