止まった君と、動く僕

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止まった君と、動く僕

 僕と彼女は同じように過ごしていけない。  彼女は、俗に言う不老不死のようなものだ。老いもせず、命が尽きることもない。ずっと同じ姿で変わりもせずに生きていく。それが彼女の人生だ。  しかし、僕はごく普通の人間だ。歳もとるし、もちろんいつかは尽きてしまう命。日々成長しながら生きていく。それが僕の人生。  そんな真逆の様な僕たちだが、かつて付き合っていたときがあった。きっかけは僕の一目惚れだ。  それは高校の入学式の日のことだった。  自分のクラスに向かい扉を開いたとき、真っ先に目に入ったのがその女子だった。何を考えているのか分からないような表情で座っていたが、僕は思わず見とれてしまった。少し憂いの混じったような表情がとても美しく見えた。 「奏多お前そんなとこでなにしてんの」  クラス一緒だったわ、と涼は付け足した。涼は幼い頃からの友人で、何かの縁で高校まで一緒になったのだ。 「あ、あぁ…ごめん」  入り口を塞いでいたことに気付き、謝りながら教室の中に入った。そして座席表を見て気づいたが、さっき見ていた女子と席が隣だった。僕が彼女の横にかばんを置くと、音で気付いたのか彼女の視線がこちらに向いた。 「隣?よろしくね」  まさか話しかけられるとは思わず、即座に反応することができたかった。 「…よろしく。あ、僕日向(ひゅうが)奏多っていいます」 「日向奏多くんね。私は水野鈴音っていいます」  これが、僕と彼女…鈴音との出会いだった。  そこからはみんなの思い描いている通りだろう。  流石にすぐ告白はしなかったが、高校生活にも慣れてきた頃に鈴音に告白した。鈴音は一瞬の間を置いて「喜んで」と言ってくれ、僕たちは付き合うことになった。  僕が鈴音の秘密ついて知ったのは、鈴音にプロポーズしたときのことだった。  そこから僕たちは、とても長続きした。喧嘩することはあったが、別れ話が一切上がることはなかった。大学生になってもなお、関係性を続けていくことができていた。  そして僕も鈴音も成人し、しばらく経った頃。僕はついに鈴音にプロポーズしたのだ。その当時のことは最近のことのように思い出せる。  鈴音の表情は、困惑と嬉しさが混じったような感じだった。そして、言いづらそうに鈴音はこう口にした。 『私、奏多くんと同じ時間を過ごせないんだ』  僕の頭の中ははてなでいっぱいだった。今まさに同じ次元、同じ時間に存在しているじゃないか、と思った。だが鈴音が言いたいのはそういうことではなさそうだった。 『歳取れないの』  正直すぐには信じられなかった。いわゆる不老不死というものなのだろう、と理解はできた。しかし、不老不死は小説やアニメの世界にしかないものだと思っていた。それが実際に『私そうなの』と言われてもにわかに信じ難い。  しかし、彼女の表情は嘘をついているようには見えなかった。 『本当…だよな』 『奏多くんに嘘なんてつくわけないよ』  鈴音の表情はとても真剣だった。流石にこれ以上疑えないので、僕は信じることにした。  僕はどんどん歳をとり、老化していく。しかし鈴音は歳をとることなく、若いまま暮らしていく。鈴音にとって、自分以外の人が先にいなくなっていくのはとても辛いだろう。 『プロポーズの返事なんだけど…』  そこで一旦言葉を切り、続けてこう言った。 『こんな私でもよければ、是非お願いします』  当時の僕はとても喜んだ。歳をとれず、結婚しても相手が先にいなくなり、自分はいなくならないことを鈴音は理解している。でも、僕と結婚するという選択をしてくれたことが嬉しかった。  そして僕たちは同棲をはじめた。  僕は不死でないため、この時間にいつかは終わりが来る。その終わりがくるまでの時間をせいいっぱい楽しもうと心に決めた。  しかし、その終わりはそう長くないくちに訪れてしまった。  僕と鈴音は事故に遭ってしまった。  青になった横断歩道を歩いていたとき、信号無視をしてきた車にはねられてしまったのだ。僕は咄嗟に反応できなかったため鈴音を守ることができず、二人して飛ばされてしまった。周りにいた人が救急車を呼んでくれたことは覚えているが、意識は曖昧だった。  病院に搬送されたが、僕の怪我は致命的だったらしく、僕がその後目覚めることはなかった。鈴音ははねられこそしたが、そこまで大怪我ではなかったらしい。鈴音は『どうせ、私はこれくらいじゃ逝けないから』と零していたことも覚えている。  鈴音は僕が死ぬ前、僕のいた病室に来てくれた。見た感じ鈴音は元気そうで安心した。 『奏多くん…』  鈴音は僕を見て顔をしかめた。至る所に包帯が巻いてあったり、点滴が打たれていたりしていたからだろう。 『鈴音』  かすれた声でそう呼ぶと、こちらに近付いてきた。 『やだよ奏多くん、いかないで』  そう言う鈴音の目には涙が溜まっていた。今にも溢れ出しそうだった。 『鈴音と過ごした毎日、本当に楽しかったよ』 『奏多くん』  泣いている鈴音を見て、思わず僕も目に涙が浮かんできた。 『…僕がいなくなっても、どうか元気に、鈴音らしく生きてほしい』  そう言った途端、鈴音の目に溜まっていた涙が溢れ出した。そして僕の手を握った。 『奏多くん…』  僕は最後の力を振り絞り、鈴音の手を握り返した。 『また、私を見つけてね』  僕の意識は、そこで終わった。      そして今に至る。  どうやら僕は生まれ変わったらしい。新たに「奏翔」という名前を授かった。前世の名前に似ていて少し嬉しくなった。  それから、僕は前世の記憶を持ったまま生まれ変わったようだ。あの時付き合っていた鈴音のこかとを、最近のことのように思い出せる。  あれから鈴音は元気にしているだろうか。  物心ついたときからそのことばかり気にしていた。しかし、今僕がいる場所は前世のときに住んでいたところから離れたところだ。つまり、この地に鈴音はいないということだ。電話番号は覚えてはいるが、前世とはもちろんだが声が違う。電話だけではどうしても怪しまれてしまうだろう。  高校生になったとき、僕は鈴音を探しに行くことに決めた。  見た目も声も変わっているが、どうしても鈴音に会いたかった。あのときより大分年月が経っているが、鈴音は『不老不死』のようだから今も生きているのだろう。もしかしたら新たに恋人ができているかもしれない。既婚者かもしれない。  それでも一回、鈴音に会いたかった。  僕は電車や新幹線を乗り継ぎ、前世住んでいたところまでやってきた。昔住んでいたところはとても発展していたりして変わっていたが、面影は残っており、なんだか懐かしい気分になった。  来たはいいが、まずはどこに行けばいいのだろうか。一瞬迷ったが、その後すぐに目的地を決めた。鈴音のお気に入りの、星が綺麗に見れる場所だ。鈴音はそこが大好きで、よく行っていると聞いていた。一度、一緒に流星群を見に行ったこともある。もしかしたらいるかもしれない。  向かっている最中、もしかしたらその場所が無くなっているかもしれないと思ったが、その心配はいらなかった。鈴音のお気に入りの場所は、昔の形のまま残っていた。  そこに、一人の女性が座っていた。  懐かしい後ろ姿だった。昔と髪型は違っていたが、すぐに鈴音だろうと思った。  僕はその女性に話しかけた。 「すみません」  僕の声に反応し、女性がこちらを向いた。やはり鈴音だろう。昔の顔立ちのままだった。僕は鈴音を見つけられたことに喜びながら、次になんと言おうか考えた。 「水野鈴音さん、ですか」 「あ、はい…正確には日向鈴音、ですかね」  鈴音が日向と名乗ってくれた。僕たちは結婚しており、離婚はしていない。そのため、鈴音の苗字は水野から日向に変わっていた。そして、今も日向を名乗っているということは、あの後誰とも結婚していないのだろう。  僕は嬉しかった。 「信じて貰えるかは分かりませんが…」  一呼吸置き、鈴音をまっすぐ見ながら続けた。 「僕…日向奏多っていいます。今は、榊原奏翔ですけど…」 「…え」  鈴音は目を見開いた。信じられない、と言いたげな顔だった。信じて貰えないのも無理ないだろう。見た目も声も名前もちがう奴が急に昔の恋人を名乗っているのだ。普通信じてもらえないだろう。 「信じられないですよね。あのときは交通事故で死んでしまいましたが、どうやらやっと、生まれ変われたようです」  そう言い終えた次の瞬間、気付いたら僕は鈴音の腕の中にいた。 「鈴音さん…?」 「奏多くん」  鈴音は信じてくれたらしい。鈴音に奏多と呼ばれることがとても懐かしく、また会えたことの嬉しさもあってか涙が出そうだった。 「約束、守ってくれたんだね。私を見つけてくれた。またこの近くに住んでるの?」  鈴音は涙ぐんでいた。そういえば、鈴音は昔から涙脆かったなと気付いた。そういう僕も涙脆いためあまり人のことは言えない。 「いや…他県から探しに来ました」  そう言うと鈴音の顔が驚いたようになったが、その後すぐに輝いた。「探してくれたの!?」ととても嬉しそうにしてくれた。 「でもその敬語やめてよ、なんだか他人みたい」 「わ、わかった」  鈴音は満足そうに微笑んだ。 「にしても奏多くん、よくここが分かったね」 「鈴音のお気に入りの場所くらい覚えてるよ、忘れるわけない」 「なにそれ、めっちゃ嬉しい。ありがとう奏多くん…あ、今はもう奏多くんじゃないのか…」  そして鈴音はじーっと僕を見つめた。しばらく見つめあっていたが、僕は急に恥ずかしくなり少し目を逸らしてしまった。 「な、何」 「いや、見た目はもちろん変わってるけどなんか面影あるな〜って思って」 「そうかな」  生まれ変わって初めて鏡を見たとき、前世の記憶を持っていたからこそ、『誰』ってなった。僕の知っている僕じゃなかったから、最初は誰だってそういう反応になるなだろう。 「にしても、生まれ変わっても名前は似てるんだね」  鈴音はそう言いながら立ち上がり、少し歩いてからくるりと僕の方を向いた。  こちらを向いた鈴音の顔には涙は浮かんでおらず、満面の笑みがあった。 「私を見つけてくれてありがとう、奏翔くん」
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