ピンクの蝶と花が舞う

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 思えば、会話をしたのは数週間ぶり、いや、数ヶ月ぶりだった。彼女は無言で自分の袖を掴んだ。そう、手ではなく、袖を……。行き着いた先は人気のない体育館裏だった。 「最後に、第二ボタンが欲しいな」 それだけ言った。「最後に」の意味は分かっていた。彼女に感情は無かった。愛情も、好意も、呆れも、嫌悪も、憎悪も……。ただただ、無機質に言ったのだ。そして、こちらも無機質にそれに応じた。それは、付き合っていたという事実を一応かたちに残しておきたい。そんな考えが具現化したといったところだろう。  その子も同じ高校に進学する予定だった。しかし、もうふたりきりで会うことはない。それも分かっていた……。別れ方すら知らない男女の最後だった。  なぜか女子との会話はいつもスムーズだった。妹が二人いるせいか、女性の言動の機微については無意識のうちに学習し、習得していたのかもしれない。  女子の前でぎこちない男子を見て、あろう事か「あいつ、本当に不器用だな」などと無意識に呟く事もあった。どの口が言うか、という話である。  クラスで隣になった女子とは殆ど例外なく仲良くなった。どんなとりとめのない話、つまり、所謂「オチのない話」にも親身に耳を傾け、それを心から楽しむ事ができた。  しかし、当時の自分はあまりにも無垢で幼かった。そしてそれは、時に最も残酷なかたちで女性を傷つけた。
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