ピンクの蝶と花が舞う

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 実際のところ「忙しい」というのは事実だった。ご褒美のゲーム欲しさに、全てを犠牲にして勉学に励んでいたのだ。彼女との精神年齢の差は、残酷なほどに大きな価値観のギャップを生んでいた。  その後、交換日記と言われるものを始めた。一冊の日記帳をシェアして、それを交換しながら書くのだ。スマホやSNSがまだ無かった時代だ。お互いの近況を報告しあったり、想いを伝え合う大切なツールだった。  正直、それは大変な苦痛だった。口頭による女性とのコミュニケーションは問題なかったが、筆無精かつ文才が皆無だったのだ。  彼女は賢かった。賢かったので、文章も上手かった。その日記には、その日起こった面白い出来事や楽しい事などが、ページ一杯に、的確に、丁寧な字で、表現されていた。そしていつも、枠外の空白を埋めるように、沢山のピンクの蝶と花のシールが貼ってあった。  それに対して、自分の文章は稚拙そのものだった。まるで小学生の絵日記の文字だけを切り取ったような有様だ。何を書いても「とても楽しかった」「とても悲しかった」くらいにしか感想が出てこない。それこそ、絵でも描ければ良かったが、その才能にも恵まれなかった。  一行書くのに、学校の課題プリント一枚分以上の時間を費やした事もあった。「文章書くの苦手で……」と正直に彼女に告げれば良かったが、それは男のつまらないプライドが邪魔をした。懸命に文章をひねり出し、その日記は往復した。
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