夏の想い出

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◆◆◆ 「なぁ佐野、お前俺のベータまで横取りしたん。」 放課後にいきなり同級生から呼び出され、大人しく着いて行ってみれば、険しい顔をしてそう切り出した。 隣のクラスの奴だから顔も名前も知らない。 君の恋人のベータってのも、誰? 「悪いんだけど、俺モテるから全員覚えてないんだよね。ヒントくれる?」 「…A組の田中。」 「あー。」 その名前には聞き覚えがあった。 でも、これはどうやら俺が悪い訳ではなさそうだ。 「田中くん、彼氏いないって言ってたけど。俺のことめちゃ好きーって縋られたから据え膳食わないワケにはいかんかなって。」 「適当言いやがって…。どうせ佐野が迫ったんだろうが!」 ますますヒートアップしていく目の前の男に、『面倒くせぇ』と舌打ちをした。 人というものはどうやら、見たいものだけを見るように出来ているらしい。 まあ、それも仕方ないのかもしれない。 メンタルプロテクトってヤツなんだろう。 でもキミ、人は傷いて成長するものでもあるのだよ。 いいね、青春だ。 「いやいや俺もちゃんと学んでっから。面倒事は嫌だから彼氏持ちには自分から手ェ出さねえよ。 とりあえずそのベータと話し合ってみれば? 俺はもう関係持つつもりねぇし。」 「ふざっけんな!」 我慢の限界に来たのか、強く握った拳で思いっきり殴られた。 口の中に血の味が広がる。 こんにゃろ、と睨み返したが、ソイツは『死ね!』と吐き捨てて行ってしまった。 追いかけて一発仕返ししようかと迷っていたら、後ろからクラスメイト達が声をかけてきた。 ケラケラ笑っているところを見ると、こっそり盗み見ていたのだろう。 「くそ笑えるんだけど。またトラブってんのお前。」 「いやこれはマジで俺悪くない。」 「写真撮っていー?」 「何でだよ。」 「皆んなにも送る。しばらくこのネタで擦られんぜ、佐野。」 「やめれ。」 クラスメイトが冗談で構え始めたスマホを手で遮りながら、口元の違和感に指で触れた。 どうやら中だけでなく、外側の口の端も切れていたらしい。指にほんのりと血がついた。 「何、血ぃ出たん。保健室行くか?」 これくらいなら別になぁ、なんて思案していた時、ふと視線を感じた。 図書室の開け放たれた窓から、見知った顔がこっちを見ていた。 月島だ。 どうやら図書室で勉強をしていたらしい。 俺と目がばっちり合うと、ふいっと視線を逸らされてしまった。 (あーいう態度取られると、つい構いたくなるんよな) 男の狩猟本能ってヤツかもしれない。 思わず捕まえてしまいたくなる。 普段は獲物に困らない…なんだったら獲物の方から懐に入ってくる俺だから余計にくすぐられている気がする。 「ちょっと月島見つけたから揶揄ってくる。」 「今度は月島かよー。凝りねぇなあ。」 「そんなんじゃねえって。」 「まあ良いけど。俺らこれからカラオケ行くけど、佐野は?保健室行くなら終わるまで待ってるけど。」 「待たせんの悪いし今日は良いや。また今度行こうぜ。」 『またなー』とお互い適当に手を振り、俺は図書室の窓際まで寄った。
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