恋蛍

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恋蛍

それからは、放課後になると穂高くんと毎日病院へ通った。 佐野は『そんなに来なくても』と言ったが、どこか嬉しそうで、いつも何だかんだ言いながらも出迎えてくれる。 夏休み前の学力テスト対策の補講もあり、佐野と穂高くんが勉強を教えてくれた。 佐野の負担になると最初は断っていたが、そういった日常っぽい雰囲気が好きなのだと言っていて、言葉に甘えることにした。 「…待って、おかしいよ。なんで佐野、授業に出てる僕より分かるの。」 「だって全部教科書に載ってる事しか出てないし。」 頭の良さは健在で、教科書に目を通すのは気分転換になるから良いと言うのだから凄い。 必死に問題を解いていると、僕の隣でぼんやりとしていた穂高くんがふと思い出したように顔を上げた。 「そう言えば月島、言い忘れてたけど風鈴祭りはまた今度にしよ。大和と一緒にいたいでしょ。」 「うん、そうだね。」 僕も穂高くんも、今年の夏は佐野と過ごすつもりだった。 数学の図形に落書きをしていた佐野の手が止まり、眉をひそめながら僕たちを交互に見やった。 「…なに、デートするつもりだったの?」 「違う…!」 慌てて弁明するが、相変わらず表情は厳しい。 佐野の状態を知る前で仕方がなかったとは言え、自分が入院中で外に出られないのに僕たちが遊びに行こうとしてたなんて聞けば、気分が良くないのは理解できた。 その事を謝りたかったが、どう言葉にすれば良いのか考えている内に佐野が言葉を続けた。 「遊びで風鈴祭りねぇ…。穂高、そこまで月島の面倒を頼んだつもりはないんだけどな。」 「…まあまあ。」 その後は普段通りだったが、帰り際に『月島は残って俺とデートしよ』と手を引かれた。 どきっとしたが、きっとさっきの穂高くんとの会話もあり、からかってきたんだろうなと思った。 罪悪感のあった僕は、それで気が晴れるのならと素直に残ることにした。 「でも佐野、動いて平気なの?」 「動けないから病室で。どこかに行くだけがデートじゃないし。」 ベッドに座るように言われて隣に腰かけると、じっと顔を覗かれた。 最初は恥ずかしかったが、あまり顔色が良くないことに気づいて心配になった。 「…調子悪そうだよ。無理させちゃった?やっぱり今日は帰るよ。」 「逆に一緒にいて。その方が良い。」 そう言って、ゆっくりと僕を引き寄せて抱きしめた。 やっぱりまだ佐野の温かさに慣れず、背中に手を回すだけで精一杯だった。 「佐野、ごめんね。」 「何が?」 「僕たちが遊びに行くって聞いて、傷つけてたら嫌だなって思って。ちょっと怒ってたみたいだし…。その話をしてた時は、まだ佐野が入院してること知らなくて。」 「そんな事で怒らないよ。」 「怒ってないの?」 「うん。嫉妬だね。」 「…嫉妬。」 佐野には似合わない言葉に、一瞬理解が遅れた。 来る者拒まず去る者追わず、のイメージが強い佐野がそんな事を言うなんて、正直びっくりした。 「…まだ言えてなかったけど、」 佐野が僕の肩口に顔を埋める。 「月島、大好きだよ。」 突然のその言葉に、心臓をぎゅうっと掴まれたように苦しくなった。 佐野が、僕のことを好き。 人と心が通じ合うことが、こんなにも素敵で切ないものだと知らなかった。 泣くのを必死に堪えて、佐野の服を強く握った。 「今日どうしても、月島に伝えたかった。」 僕も気持ちを伝えようと口を開きかけた時、佐野がいきなり重く感じた。 脱力したように全体重が僕にのしかかって来て、支えるのに精一杯だ。 …様子がおかしい。 「あの、佐野?」 「……ごめん、そこのナースコール押してくれ。」 その声にはさっきまでの力がなく、息は少し荒い。 顔は険しい顔をしていて、何かを我慢するかのように下唇を噛んでいる。 冷や汗を滲ませるその姿に異常さを感じて、急いで言われた通り先生を呼んだ。
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