夏の想い出

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◆◆◆ 佐野と連れ立って保健室に向かうと、保健医は席を外していた。 扉には『職員会議中』と書かれた年季の入った札がかけられていて、その下にはメモ書きで『急用の場合は、職員室まで』とあった。 佐野はそれを見ると、ラッキーと言ってイタズラっ子のような笑いを見せた。 まあ、消毒と絆創膏くらいなら、勝手にやって良い範囲だろう。 保健室の入り口付近には、生徒が自由に使える種類の薬用の物が入ったバスケットがある。 そこから消毒液とピンセットと絆創膏を拝借して、ベッドに腰かけた佐野の方へ持って行った。 「自分じゃ上手く見れないから、手当よろしく。」 図々しいお願いに一言くらい文句をつけてやろうかとも思ったが、僕もそこまで冷たい人間ではない。 大人しく手当をする事にした。 「月島、いつも放課後はあそこで勉強してんの?」 「…まあね。」 「勉強頑張りたいなら、授業聞いてた方がよっぽど良いぜ。」 「しょうがないじゃん…寝ちゃうんだから。」 そんな事は分かっている。 でも、ほんの微量のアルファの匂いに反応してしまう体を抑制するために薬を飲むと、どうしても眠くなってしまうんだ。 「まあ、残ってまで頑張ってるのは普通にすげぇと思うよ。」 僕の声色に何かを察したのか、気遣うような言い方だった。 そんなやり取りをしながらも消毒が終わり、絆創膏を貼ろうと佐野の近くに寄った時、何となく顔色が悪いことに気づいた。 唇も生気がない色をしている。 「…佐野、もしかして体調悪い?」 何も言わず、何かを考え込んでいるような顔をしている。 沈黙されてしまいどうしようかと困っていると、やっと佐野が口を開いた。 「ちょっと寝てから帰るわ。手当ありがとな。」 そう言うや否や、ベッドに潜り込んでしまった。 さっきとは違う様子の佐野に『大丈夫か』と声をかけてみるが、生返事をするばかりだった。 どうにもこうにも出来ず、とりあえず自分に出来ることはしておこうと席を立った。 「鞄持ってきて置いておくから。」 教室へ行き、見慣れた佐野の机から鞄を取るとまた保健室へ向かった。 戻ると、佐野はさっきと全く同じ態勢で寝ていた。 鞄をベッド脇に置きつつこっそりと顔色を伺ってみると、険しい顔をしている。本当に調子が悪そうだ。 (あの佐野も体調崩したりするんだ…。いや、人間なんだから当たり前なんだけど。) いつも同級生達とバカ騒ぎして、放課後も遊んで、男女関係なく爛れた関係を持って。 正直、ある意味いつも元気な佐野の弱っている姿は想像がつかなかった。 なんとなくこのまま一人で放っておくのは憚られ、ベッドの横にあった椅子に腰をかけた。
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