夏の想い出

8/9
前へ
/20ページ
次へ
話し合った結果、途中のコンビニで適当に食べ物を買い、ぞろぞろと連なって向かった先は公園だった。 ブランコや滑り台などの良く見知った遊具の他に、小さなバスケットコート・サッカーゴールなどもある、遊ぶには十分な公園だ。 それぞれがバスケを始めたりブランコでのんびりしたりと過ごす中、僕は木陰の椅子に座ってアイスを頬張っていた。 なんだか、こんなに穏やかなのは久しぶりな気がする。 初夏の草の香りを楽しみつつしばらく皆を眺めていたら、佐野が隣に座ってきた。 どうやら、バスケの1on1の選手交代らしい。 額にはじんわりと汗が滲んでいた。 「何か飲み物ねぇ?」 「コーラならまだあるよ。」 「もらいー。」 美味しそうに何か飲むところも随分と絵になるな…と無意識に思っていまい、慌てて心の中で首を振った。 「どうよ、今日楽しい?」 「え?うん、楽しいよ。」 一息ついた佐野が、不意に聞いてきた。 沈黙を埋めるための言葉で特に意味はないのだろう。 「お前、たまに怖いくらいの顔してるからさ、今みたいなちょっとした息抜きも良いと思うぜ。それで声かけたってのもあるんだけど。」 これは、気遣ってくれたという事なのだろうか。 あの佐野が…? 「いつも参考書と睨めっこしてて、がむしゃらな感じだよな。何かあんの。」 どう答えようか迷ったが、不思議と佐野にならほんの少しくらい胸の内を聞いてもらっても良いかもと思えた。 「…きっともう気づいてるとは思うんだけど、僕、オメガなんだ。」 「うん、そうだろうなとは思ってた。」 「オメガの中でも出来が悪くて。それでも一番結果が出やすかったのが勉強で。僕の価値はこれでしか示せないなって思ってる。 周りを認めさせるのも、この方法しか思い浮かばなかった。」 「…その意欲の割に授業中寝ちゃうのってもしかして、オメガ用の薬飲んでたりする?それでいつも眠そうなん?」 「うん。」 なるほどなー、とちょっと気の抜けた声が返ってきた。 「最近ね、佐野に教えてもらうようになって、ちょっと楽しい。 一人でやってた時は…なんて言うんだろ…一人だけの世界に居るみたいで結構キツかった。それで良いと思ってたし。」 「クラスメイトとあんま話してなかったもんな。」 「うん。でも、皆とああやって勉強するのって良いね。穂高くんたちが全然怖くないっていうのも知れて良かった。 だから、ありがとうね。」 ちゃんと伝わっただろうか。 佐野の性格が最低最悪でも、恋愛関係で恨みを買いまくってても、佐野が隣の席で良かったと思う。 「…俺はさ、アルファだから何でも出来ちゃうんだよ。周りにも恵まれてる。」 「…まあ、近くで見てて痛感はしてますが。」 「嫌味じゃねぇからな?事実としてな。 だからがむしゃらに頑張る、みたいな経験ないんだわ。 俺からすれば、月島ってすげぇと思うよ。オメガ性とか周りのせいにしないで、自力で周りの環境変えようとしてる訳じゃん。実際、ここの進学クラスに入れてるしな。 お前は強い人間だし、それだけでもう充分価値があると思うけど。」 びっくりした。 まさかの佐野からの言葉に、どう反応して良いか分からない。 オメガだと分かってから、周りは変わった。 親は僕に期待しなくなり、中学時代のクラスメイトは下品な言葉を投げかけてきて、大人は勝手に可能性に線引きをした。 そんなものに『負けてたまるか』と抗ってきた努力を、誰かに見てもらえたのは初めてだった。 気づけば、視界がじわじわと滲んでいる。 「え、泣いてる?」 「泣いてない…!」 必死に止めようとするが、上手くいかない。 ぐっと目に力を入れても溢れるばかりだ。 泣き顔を見られたくなくて顔を隠すが、ふと伸びてきた手に手首を取られた。 何だ、とそちらを向けば、間近に迫る佐野の顔。 その瞳に自分が映っているのが分かるくらいの距離。 (あ…近い。) ほんの少し、僕の反応を確かめるような躊躇いがあった後、ゆっくりとキスをされた。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加