アムンゼン 6

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 このアムンゼンが、私を好き?…  アラブの至宝が、この矢田を好き?…  正直、わけがわからん(苦笑)…  私は、悩んだ…  悩んだのだ…  「…それは、ホントか? オスマン…このアムンゼンが、好きなのは、リンじゃ、なかったのか?…」  「…それは、女として…憧れとして、です…」  「…憧れとして、だと?…」  「…そうです…例えば、テレビで見る、アイドルと本気で、恋愛したいと、思う一般人は、皆無でしょ?…」  「…それは…」  「…オジサンも、それと、同じです…」  「…だったら、この矢田は、なんなんだ?…私は、アイドルでも、なんでもないゾ…しかも、人妻だ…葉尊という立派な夫もいる…」  「…オジサンが、矢田さんを好きなのは、本音で、言いあえるからです…」  「…本音だと?…」  「…矢田さんには、裏表が、まるでない…だから、誰からも愛される…あのリンダさんからも、バニラさんからも、愛されている…男女の別なく、愛されている…これは、普通、あり得ないことです…なぜなら、二人とも、世界的に有名な女優とモデル…そんな二人に、愛され、慕われる矢田さんです…オジサンが、気にならないはずが、ありません…」  「…なんだと?…」  「…オジサンは、こう見えて、結構ミーハーなんです…」  オスマンが、仰天の事実を言う…  「…ミーハー? …このアムンゼンが、か?…」  「…そうです…今回のリンしかり…オジサンは、結構、そういう傾向が昔から、あって…」  オスマンが、続けると、  「…いい加減にしろ…オスマン…」  と、アムンゼンが、一喝した…  「…スイマセン…」  オスマンが、詫びる…  「…ですが…」  「…もういい…オスマン…」  アムンゼンが、怒った…  明らかに、アムンゼンが、機嫌を損ねた…  「……まったく、オマエが、こんなにおしゃべりだとは、思わなかったゾ…」  「…それは、相手が矢田さんだからです…」  「…相手が私だから?…」  と、私。  「…ボクもこの歳になって、気付きました…」  「…なんに、気付いたんだ?…」  と、私。  「…昔は、威厳があって、なにが、あっても、動ぜずに、どっしりと、構えているのが、リーダーだと、思ってました…」  「…父のように、か?…」  と、アムンゼン。  「…そうです…ですが、歳をとって、気付いたのは、なんでも、気軽に、言いあえるような人間が、実は、一番いいんじゃないかと、考えが変わりました…」  「…どうして、変わったんだ…」  と、私。  「…いわゆる、お偉いさんは、話しづらい…」  オスマンが、笑う…  「…話しづらい?…」  「…だから、威厳が、保てているのかも、しれませんが、正直、用事がなければ、近寄りたくもありません…」  「…」  「…ちょうど、矢田さんの真逆です…」  「…私の真逆?…」  「…ハッキリ言って、矢田さんには、なにもありません…」  「…なんだと?…」  「…ですが、世界的に著名なリンダさんや、バニラさんが、矢田さんを慕っている…これは、矢田さんに魅力があるからです…」  「…私に魅力が?…」  「…そうです…だから、慕われる…オジサンが、矢田さんを好きなのも、同じ理由です…」  「…そうか…」  私は、言った…  これは、いつものこと…  いつものことだったのだ…  よく、私を面白い…  私をお笑い芸人のように面白いと、言うが、私は、全然、私を面白いと、思ったことはない…  まったく面白いと思ったことはない!…  なぜなら、私が、自分を面白いと、思えば、迷わず、吉本芸人の道を目指したと、思う…  だが、  私は、目指さなかった!…  理由は、簡単…  それは、私が、面白くないからだ…  もし、私が、本当に、面白いならば、間違いなく、吉本の芸人を目指した…  理由は、明白…  金だ!  成功すれば、大金を得ることが、できる…  だから、目指すに決まっている…  成功すれば、年収で、億は、軽い…  大成功すれば、5億、10億と、得ることができる…  しかしながら、この矢田には、そんな才能がなかった…  これっぽっちもなかった(涙)…  だから、今現在も、平凡な人生を歩んでいる…  平凡そのものの人生を歩んでいる…  そういうことだ…  だから、  「…私は、平凡さ…平凡な人間さ…」  と、言ってやった…  「…周りが、私を勝手に、誤解しているだけさ…」  「…いえ、平凡ではありません…」  アムンゼンが答える…  「…なんだと?…」  「…平凡な人間なら、リンダさんやバニラさんが、矢田さんを慕うわけがありません…リンダさんも、バニラさんも一流です…ですから、一流の人間といつも接しています…そんな一流の人間が、矢田さんを慕うのは、矢田さんもまた、一流だからです…」  「…私が、一流?…」  「…そうです…」  アムンゼンが、真顔で、言った…  アラブの至宝が、真顔で、言った…  私は、きっと、このアラブの至宝が、今朝、なにか、悪いものでも、食べたのだと、思った…  あるいは、今朝、なにか、悪いものでも、飲んだのだと思った…  要するに、一時的に頭がおかしくなったのだ…  人間、誰でも、そんなときはある…  この矢田トモコにもある…  要するに、なにか、悪いものを食べたり、飲んだりしたから、一時的に、頭が錯乱したのだ…  私は、そう思ったのだ…  私は、そう、確信したのだ…  だから、相手にしないことにした…  頭のおかしな人間に、この矢田が、まともな対応をしては、世間に笑われるからだ…  実は、この矢田トモコ…  人並み以上に、世間体を気にする女だった…  常に、世間から、どう見られるか、気にする女だった…  だから、今、このアラブの至宝と言いあって、それが、世間にバレたら、マズいと思った…  アラブの至宝が、その日の朝、朝食で、食べ合わせが悪くて、つい、精神に変調をきたした…  その精神に変調をきたしたアラブの至宝の言葉を真に受けて、この矢田が、その言葉を鵜呑みにすれば、後で、この矢田は、世間の笑いものになる…  そう、思ったのだ…  だから、忘れることにした…  今の話は、聞かなかったことにした…  今の話は、なかったことにしたのだ…  だから、話を変えることにした…  なにに、変えようかと、思ったが、やはり、リンの話題に限ると、思った…  なにしろ、この部屋中、至る所に、リンの絵が描かれている…  まるで、天女のように、描かれているからだ…  私は、腕を組み、足を開いて、そのリンの絵を見た…  威厳を出すためだ…  この矢田トモコ…  正直、威厳がない…  まるでない(笑)…  だから、少しでも、威厳を出すために、偉そうにした…  腕を組み、足を広げたのだ…  そして、まるで、絵画評論家のように、  「…この絵は、まるで、天女だ…そうだろ? アムンゼン…」  と、アムンゼンに呼びかけた…  アラブの至宝に、呼びかけた…  すると、だ…  アムンゼンが、同意した…  「…やはり、矢田さんも、そう思いますか?…」  と、言った…  私の作戦勝ちだった…  このアムンゼンが、私の話に、乗ったのだ…  「…そう、思ったさ…だから、言ったのさ…」  「…これは、ある意味仕方ないことかも、しれません…」  「…仕方ない? どうして、仕方ないんだ?…」  「…元々、アラブ世界では、偶像崇拝が、否定されてます…」  「…偶像崇拝が、否定? …どういう意味だ?…」  「…要するに、アメリカを代表する、有名な歌手や女優のポスターを張ることを、禁止しています…特定の人物のポスターを張ることを禁止しています…だから、このボクが、リンのポスターを張ることも、難しい…」  「…」  「…それで、この絵を描いた画家が、気を利かせて、わざと、天女のように、描いた…特定の人物では、ないからです…その方が、いいと判断したのでしょう…だから、文句も言えません…」  「…そうか…」  私は、言った…  「…オマエも色々大変だな…」  「…たしかに、ボクの立場は、色々制約があります…これは、ボクの立場上、仕方がないことです…」  「…どうして、仕方がないんだ?…」  「…誰だって、自分の好きなように、行動できる人間は、いません…例えば、日本の総理大臣が、女好きだからって、キャバクラに入り浸るわけには、いかないでしょ?…」  「…それは…」  「…それと、同じです…誰にでも、立場がある…矢田さんも、今は、クールの社長夫人です…日本の家電量販店で、クールの製品以外の他社の製品を購入するわけには、いかないでしょ?…」  「…それは…」  私は、言葉に詰まった…  なぜなら、その通りだからだ…  「…それと同じで、この部屋の装飾を依頼した画家も、ボクに配慮したのでしょう…やはり、サウジの王族が、特定の女のファンだと、わかるのは、おかしい…偶像崇拝になる…だから、わざと、天女のように描いたのでしょう…それを、思うと、怒る気にも、なりませんでした…」  「…そうか、オマエも、色々大変だな…」  「…ボクが、矢田さんに憧れるのは、まさに、天女のように、天衣無縫だからです…」  「…天衣無縫?…」  「…何事にも、とらわれず、何事にも、頓着しない…矢田さんだから、できることです…」  「…私だから、できること?…」  「…どんな人間も、多かれ少なかれ、地位や名誉にとらわれます…でも、矢田さんには、それがない…」  「…私にはない?…」  「…矢田さんは、あらゆるものにとらわれずに、生きる…その姿に、リンダさんや、バニラさんは、憧れているんだと、思います…」  「…私に憧れてる? ウソ?…」  「…ウソでは、ありません…」  「…」  「…誰でも、自分にできないことを、たやすくやりとげる人間には、憧れや嫉妬が、存在します…」  「…憧れや嫉妬?…」  「…テレビで見る芸能人が、その最たる例でしょう…自分の方が、キレイだ…自分の方が、カッコイイ…そう思う人間は、老若男女を問わず、少なからず、存在します…ただ、矢田さんは、善人です…だから、憎まれない…誰もが、矢田さんに憧れる…」  「…私に憧れる?…」  「…きっと、今回、葉敬さんが、リンの面倒を矢田さんにしてもらいたいと、考えるのは、そんな狙いがあるからかも、しれません…」  「…お義父さんの狙い?…」  「…そうです…」  アムンゼンが、したり顔で、言う…  アラブの至宝が、思わせぶりに言った…                <続く>
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