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僕たちが、その女の子を観察し始めて、もう一週間になります。
「……おい、みさと!押すなって!」
「ごめんってカッチャン。だってよく見えないんだもん」
「しッ!二人共、静かにしろよ!もう直ぐ始まる」
僕たち三人は、くっついちゃう位に体を重ねて、大きな大きな樫の木の太い太い幹からそっと顔だけを覗かせました。
僕たちの視線の先には、同い年くらいの女の子がいました。その子は、川の横にある大きな大きな石の上に一人で腰掛けて、両足だけを水に浸しています。
月の明かりだけが頼りの深い夜の森の中で、その子はゆっくりと流れてゆく月を、ただじっと見つめています。リクに注意されてから誰も何も話さなかったから、僕はずっと流れる水のサラサラしたせせらぎに耳を澄ませていました。
僕たちの目の前に流れる小さな川はね、今は夜だから暗くてよく見えないのが残念なくらい、すごくすごく透き通っていて、とっても綺麗なんだよ。
でも、その子を見ていると、そんな川もかすんじゃう。
だって……
月の明かりに照らされているその女の子は、息をするのを忘れちゃうくらい美しかったから……
いつもみたいに、ゆっくりと女の子が輝き始めました。それは眩しい光じゃなくて、三日月のお月様みたいな優しい光です。そしてゆっくりとゆっくりと白い光から青い光へと色が変わっていって、最後には綺麗な緑の光の粒になって、一斉に森へと広がっていくんです。
光の粒が広がった後にはもう、女の子の姿はありません。
僕は近付いてきたその光の一つを、そっと手の平に乗せました。手の平の上でゆっくりと明滅を繰り返すその光の欠片は、一匹のホタルでした。
僕の手の平の上で、ホタルは頼りなく光ったり消えたり…… まるで呼吸しているみたい。
僕たちはその光の粒を、いつまでも見つめていました。
お互いに何も話さなかったけど、カッチャンもリクも、そして僕も……
僕たちは、あの女の子の幽霊に恋をしたんだと思う。
幽霊を見に行こうぜ。
そう言いだしたのは、カッチャンだった。
「……ゆ、幽霊?幽霊なんて、ほんとにいるの?」
僕が恐る恐る尋ねると、カッチャンがニヤリと笑った。
「何だよ。ビビってるのか?みさと?」
夏休みが始まってから僕たち三人は、いつもこの秘密基地に集まっては冒険について話し合っていました。次の冒険はなかなか決まらなかったけど、カッチャンの話によると近くの森に男の子の幽霊が出るんだって。なんでも森の近くに住んでいる人達の間では有名な話みたいで、何人も見た人がいるんだそうです。
「そ、そんなこと無いけど、幽霊なんかほんとにいるのかなって……」
僕が助けを求めるようにチラッと視線を向けると、リクが顔を引きつらせています。リクは僕たち三人の中で、一番の怖がりなんです。
「へ、へぇー面白そうじゃん。じゃあ次の冒険は、その幽霊探しに決まりだな」
本当は怖いくせに、リクはそう言って強がってみせます。
「じゃあ、二対一で決まり!みさと、心配すんなって!何かあったら、俺が守ってやるからさ!」
真っ黒に日焼けしたカッチャンが、怖がる僕の肩を抱きながら白い歯をみせました。カッチャンは僕たち三人の中で一番背が小さいけれど、一番足が速くて、いざという時に本当に頼りになるんだ。
僕の背中に隠れるようにくっついて、息を潜めているのがリク。リクはすごく背が大きいんだけれど、気が小さいところがあるの。でもその代わり、リクはすごく優しいし器用なんだ。
それから僕は、みさとっていいます。僕には二人みたいに取り立てて話すような特技はないんだけれど、これから皆さんに、僕たちがある夏に出逢った不思議な女の子とのお話をしていこうと思います。
僕たちが三人が、いつも一緒にいるようになったのは四年生の夏くらいだったから、もう一年近くになります。その間、僕たちは三人で沢山冒険をしました。それは虫獲りだったり、魚釣りだったり、秘密基地を作ったりなんかのワクワクする冒険!
僕たち三人はいつも一緒に、今まで見たことが無かった景色を見てきたんです。
とにかく三人でいるとすごく楽しくて、時間が過ぎるのなんてあっという間です。でも今回は、今までで一番勇気がいりそうな冒険です。
「じゃあ早速、今夜決行な。夜になったら、ここに集合しようぜ」
「えー!?夜に行くの?危なくない!?」
「幽霊を見に行くんだから、夜に決まってるじゃん。大丈夫だよ、みさと。俺、大体の場所は知ってるからさ。あの赤い橋のところ……」
ゴクン……
僕はカッチャンからその場所を聞いて、思わず唾を飲み込みました。
「そ、それって、あの森の中の、あの赤い橋のこと?」
隣を見ると、もうリクは泣き出しそうになっています。でも、それは仕方がないことだと思う。だってその場所って、森のずっとずっと奥にある昼間でもほとんど誰も近寄らない、夜になんか絶対に行きたくない場所だったんです。
「……二人共、なにビビってんだよ?もう何回も行ったことある場所だろ?あの場所は、二人も気に入ってたじゃんか?」
確かにカッチャンの言う通り、僕たちはその場所に何度も足を運んだことがありました。昼間のその場所には綺麗な水が流れている小川があって、魚が沢山釣れる穴場だったし、大きな樫の木にはカブトやクワガタが沢山いました。何より空気も水もとっても澄んでいて、気持ちがいいんです。それに大人も子供もほとんど来ないから、いつも僕たちの貸し切りなのも気に入ってました。だって誰にも気兼ねしないで、僕たちだけで思いっきり遊べるでしょ?
でも、夜となると……
「で、でも夜は真っ暗で、きっと何も見えないと思うよ?」
僕がやんわりと反対意見を言うと、隣りでリクがウンウンと大きく頷きました。
「だから今夜がいいんだ。今夜は満月なんだって、きっと夜でも明るいさ」
だけど僕の意見は、あっさりとカッチャンに否定されました。きっとカッチャンは、明るい満月の夜になるのを待って僕たちにこの提案をしたんだと思う。だって顔が、ニヤニヤしてるもん。僕たちが反対するのなんて、カッチャンには最初からお見通しだったんだ。
僕たち二人が不安で顔を見合わせていると、カッチャンがそっぽを向きました。
「二人が行かないなら、一人で行くからいいや。……お前ら、本当に弱虫だからな」
こうなると、もうカッチャンは止まらないんです。
「ぼ、僕たちも行くよ!ねえリク?」
「あ、あったりまえじゃん!ぜ、全然怖くなんてないし!なあ、みさと!」
僕たちが慌てて賛成をすると、カッチャンはニカッと笑いました。そしてその顔を見た僕は、小さな溜息をつきます。 また、カッチャンの作戦通りになっちゃった。
「よし!じゃあ決まりだな!」
そう言うとカッチャンは、右腕を突き出しました。それは、僕たちの冒険の始まりを意味しています。僕たちにとって、これはミッションの成功を誓う大切な儀式なんです。僕とリクは、カッチャンの腕に重ねるように、腕を交差しました。
「じゃあ、今回の冒険の成功を祈って!」
『一人は三人のために!三人は一人のために!』
こうして僕たちは、あの満月の夜。あの不思議な女の子、ほたるちゃんと出逢ったんです。
「ほたるちゃんってさ、やっぱり…… 幽霊、なのかな?」
「分かんねぇ……」
「それとも、妖精とかさ。ホタルの……」
「妖精? ……でも、そうかもしれないな」
カッチャンとリクが、そんな会話をしながら前を歩いています。僕は二人から少し遅れて歩きながら、一人で考えごとをしていました。
僕たちは、あの女の子を、ほたるちゃんて呼ぶことにしました。いつもホタルに姿を変えてしまうあの子には、ピッタリの名前でしょう?
僕たちがほたるちゃんの観察を始めて、もう8日目。月明かりの下で、あの橋へと続く森の中の小道を三人で肩を並べて歩くのも、もう日課になりつつあります。もちろんまだ夜の森は少し怖いけれど、この先にほたるちゃんがいるんだと思えば、僕らはへっちゃらでした。
それに夜の中の森は、ね。思っていたより寂しくなんかなかったんだよ。
虫たちの大合唱や、動物たちの元気な息づかい。それに、たまに聞こえてくるウラルアウルの鳴き声だって神秘的です。まるで森全体がね、パーティーでも開いているみたいに賑やかなんだ。
僕たちは、そのパーティーに招待されたお客様。すっかり夜の森に夢中なんです。
ほら…… 今夜も、お月さまの光が僕らの足元を照らしてくれています。
そのパーティーの主役は、もちろんほたるちゃん。
最初にほたるちゃんを見つけた時、僕たちは本当に驚いたんです。だって男の子だって聞いていた幽霊はとってもキレイな女の子だったし、体がゆっくり輝きだしたと思ったら急にホタルになっちゃうんだから……
「なあ、みさとはどう思う?」
道の先で、カッチャンとリクが足を止めて僕を待っていました。だから僕は、ずっと考えていたことを、二人に話してみることにしました。
「ねえ、カッチャン、リク。 ……ちょっと相談が、あるんだ」
今日もほたるちゃんは、大きな丸い石の上に一人で腰を掛けています。僕たちは頷き合うと、腕を交差しました。例のミッション達成を誓う、大切な儀式です。それから一つ大きな深呼吸して、僕たちは一斉に樫の木から飛び出したんです。
「こ、こんばんは!」
緊張して声が裏返っちゃったけど、第一声は言い出しっぺの僕。
そうです。僕が二人にした相談って、思い切ってほたるちゃんに話し掛けることだったんです。だってこのまま隠れて観察していても、何も分からないままだから……
僕は、もっと知りたかったんです。
ほたるちゃんはどんな声で話すの?どんなことで笑うの?どんなこと、好きなの?
だから……っ!
なんでもいいから、ほたるちゃんと話をしてみたいと思った。
きっとカッチャンもリクも、僕と同じ気持ちだったと思う。だから二人共、僕の提案に賛成してくれました。
「こ、今夜も、つ…、月がきれいですね」
「も、も、も、もしよかったら、ぼ、ぼ、ぼ、僕たちと一緒に見ませんか?」
隣から聞こえたカッチャンの声も、リクの声も、思いっきり裏返ってた。僕たちは、口から飛び出しちゃうくらいに踊り出した心臓を必死に抑えながら、ほたるちゃんの返事を待ちます。
急に話し掛けられたほたるちゃんは、最初は驚いた顔で僕たちを見つめていました。でもね。小さくコクリと頷いた後で、こう言ってくれたんです。
「……うん、一緒に見ようよ」
僕たちは大きな石の上に四人で並んで、お月さまを見上げました。最初は緊張して上手に話せなかったけれど、お月さまが見守ってくれているお陰なのかな?ポツリポツリと、会話が生まれていきます。
初めて聞くほたるちゃんの声は本当に可愛くて、まるで遠くから聴こえてくる風鈴の音色みたいな、少し涼し気な印象。今夜みたいな蒸し暑い真夏の夜に、ピッタリの声。
僕たち四人は時間を忘れて、沢山話をしました。お互いに好きな食べ物の話をしたり、好きなゲームや音楽について話したり…… 心配性な、お父さんやお母さんの話をしたり……
ほたるちゃんはあまり自分のことを話さなかったけれど、僕たちのとりとめもない話を何度も頷きながら、一生懸命に聞いてくれました。
僕たちは調子に乗って、ぼんやりと胸の中だけで抱いている将来叶えてみたい夢についても、彼女に話したりもしました。
中でもほたるちゃんが一番楽しそうに聞いくれたのが、今まで僕たち三人でしたきた冒険の話。その話を聞いている時のほたるちゃんは本当に楽しそうに、黒い瞳をキラキラと輝かせていました。そこで僕たちは、例のミッション達成を誓う大切な儀式のことを彼女に話すことにしたんです。そしたらね。彼女が、私もやってみたいって言い出したんです。
「……こう?」
「うん!そのままにしていて」
ほたるちゃん、カッチャン、僕、そしてリク。四人の腕が交差すると、カッチャンが、声を上げました。
「俺たちの冒険の成功を祈って!」
『一人は四人のために!!!!四人は一人のために!!!!』
四人の声が合わさると、何だかほたるちゃんと友達になれた気がしました。僕は嬉しくって、ちょっぴり照れ臭さい気持ち。
それから僕たちは、この儀式の続きについて説明を続けました。それはミッションが成功した時にするもう一つの大切な儀式のことです。また同じことをするんだけれど、二度目は「ミッション成功」の合図なんだ。
その説明を、ほたるちゃんにしていた時でした。突然、夜空がぱっと明るく光ったんです。
それから少し遅れて、ド~ン……!っ――て。
驚いて空を見上げた僕たちの目に飛び込んできたのは、夜の空に色鮮やかに広がる花火たち。
ド~ン…… ドド~ン……
ドドド~ン…… ドドドド~ン……
「………っ!! ………っ!!!!」
次々に上がる花火があまりにもキレイで、僕たちは言葉も出ません。そんな僕たちに、花火の合間を見計らう様に、ほたるちゃんが話し掛けてきました。
「……お父さんとお母さんに、会いたい?」
その言葉を聞いた瞬間、僕の胸に鈍い痛みが走りました。
ゆっくりと夜空からほたるちゃんの顔に視線を戻すと、花火を見つめるほたるちゃんが、すごく眩しそうに目を細めています。気が付けば、カッチャンとリクもほたるちゃんを見つめていました。
「さっき話してくれた、みんなの夢の話。 ……叶えたい?」
どんどんと休みなく上がり始めた花火の光が、赤く染めたり青く染めたり緑に染めたり…… ほたるちゃんを暗闇に、カラフルに浮かび上がらせます。僕たちが返事に困って顔を見合わせていると、ほたるちゃんが寂しそうな声でこう言いました。
「もしそうだとしたら、ここに居ちゃ…… ダメだよ?」
ド――――――――ン……
一際大きな花火が空気を震わせると、辺りには何の音も無くなりました。
「……………僕たち、帰り道が分からないんだ」
気が付けば、僕は泣いていました。
何で泣いたのか分からない。けれど、カッチャンもリクも僕も涙が溢れてきて止まらなかった。好きな女の子の前で泣くのなんてカッコ悪いって思ったけれど、どうしても止まらなかったんだ。
メソメソと泣き続ける僕たちに、ほたるちゃんは右腕を差し出して言いました。
「帰り道、教えてあげる。 ……冒険の成功を祈って」
僕たちは涙で顔をぐしょぐしょにしながら、お互いの右腕を交差しました。
『一人は四人のために!!!!四人は一人のために!!!!』
柊木弥聖が目を覚ますと、見慣れた白い天井が見えた。
人工呼吸器が立てる乾いた音と、ゼーヒューと自分の喉から聞こえてくる嫌な息づかい。 ……自分はまた、発作を起こしたのだ。
酸素マスクを外そうとしたが、自分の腕なのに鉛の様に重かった。
「……ッチャン。 ㇼ……ク………!」
絞り出すように、弥聖は声を上げた。
何度も何度も二人の名前を呼んだ。この声が二人に届くなら、もう二度と喋れなくなってもよかった。
「み、弥聖!ど、どうしたの!?」
慌てた様子の母に、肩を揺さぶられる。
「おかぁさ…… カッ……チャンとリ……クは?」
弥聖の言葉に、母が目を見開いた。
「……弥聖。あなた、何で二人が危険な状態だったって知っているの?でも大丈夫よ。二人共もう大丈夫だって、さっき先生と看護師さんが話していたわ。 ……あなたこそ……本当に危なくって………お母さんもう………弥聖に、会えないかと思ったんだから………」
この泣き腫らした母の顔を、もう何度自分は見てきたことだろう。自分はいつも、父と母に心配をかけてばかりだ。
弥聖が高野夏澄と松山璃空と出会ったのは、この病院だった。
同部屋になった三人が直ぐに仲良くなったのは、同い年だったし、同じ病気と闘っている仲間同士なんだから当然といえば当然だ。辛い闘病生活も、二人がいたからここまで頑張って来れたのだ。
弥聖は母に頼んで、ベットのリクライニングを起こしてもらった。こうすれば、もしかしたら二人の顔を見れるかもしれないと思ったからだ。
上体がゆっくりと起き上がっていくと、カッチャンもリクも弥聖の方に視線を向けていた。弥聖は震える右腕を何とか持ち上げて、二人に見せた。
すると二人も負けじと、右腕を上げる。
四人にとってそれは、『ミッション成功』の合図だった。
随分、長い間。夢をみていた気がする。
……すごく楽しい、夢だった。
その夢の中では僕たちは健康で、三人で沢山の冒険をしたんだ。
そして弥聖の胸の中には、もう一つの想いがある。
その夢の中で僕たちは、初めての恋をした。
ふと自分が何かを握りしめていることに気が付いて、弥聖は手の平を開いた。
「あっ……」
弥聖の手の平の中で一匹のホタルが、まるで話し掛けるように優しい光を放っている。そして暫く点滅した後で、そのホタルは、ゆっくりと消えていった。
そのホタルの光は、弥聖に教えてくれた。
あれが只の夢ではなく、絶対に絶対に忘れたくない、唯の想い出なのだと。
「……おい、みさと!押すなって!」
「ごめんってカッチャン。だってよく見えないんだもん」
「しッ!二人共、静かにしろよ!もう始めるぞ」
そう言ってリクが、スマホの自撮り画面をタップした。僕達は体がくっつく位に三人で肩を並べて、思いっきりの笑顔を見せました。
あれから七年が経って、僕達はすっかり元気になった。今ではそれぞれ元気に、普通の高校生活ってやつを満喫しています。
普段は別々の街に暮らしている僕達ですが、今でもたまにこうして集まっては、親交を深めています。僕達は三人揃うと、必ずこうやって動画を残しているんです。
カッチャンは、夢だったプロ野球選手を目指して頑張っています。でも、もうそれはあながち夢ではなくて、プロのスカウトが注目する程にカッチャンは活躍しています。今はチームを率いるキャプテンとして、甲子園出場を果たすべく日々奮闘中。やっぱりカッチャンは、すごいよ!
リクは猛勉強の末、難関の高専に合格しました。それはリクの夢である、ロボットを作るエンジニアになる為には必要な道なんだ。まあでも……いつかリクが、世界中があっと驚く凄いロボットを作って、そのロボットが大勢の人達に幸せを届けることになるって、僕はもう知ってるけどね。
そして僕はというと、小説家になる夢を追いかけています。夢はでっかく芥川賞や直木賞受賞作家!はたまたノーベル文学賞も受賞しちゃう作家になること!……なんて言いたいところだけれど、今は高校生デビューを果たそうと、黙々と執筆に勤しんでいます。
僕達三人が集まると、やっぱり話の中心はほたるちゃんになる。あの夏の出来事は夢だったと言ってしまえばそうなのかもしれないけれど、不思議なのは、三人共に全く同じ夢を見ていたことです。
だとすると、ほたるちゃんは本当に存在していて、僕達を導いてくれたってことになりますよね?
幽霊? それとも蛍の妖精? ……もしかして、女神様だったりして?
なんて色々と考えたけれど、彼女が一体何者だったのか、僕達に答えは出せませんでした。唯一つ言えることは、あの日の僕らは確かに友達で、その友達に僕達は恋をしたってこと。
……そして僕達は、きっとその初恋をまだ引きずっているんだと思います。
でも、まさか……
ずっとずっと辿り着けなかったその答えに、突然辿り着く日が来るなんて思いもしなかった。
それは三人で久々に集まった、今日の帰り道のことでした。電車に乗ろうと駅のホームまで来た僕達は、名残惜しさから長い間ベンチを温めていました。この場所から、それぞれ別の電車に揺られて別の街に帰らなくてはいけないからです。
……次いつ会えるのか分からないまま別れるのは、やっぱり辛いですよね。
そんな時、向かいのホームに電車が到着しました。直ぐに発車した電車の後には、数人の元乗客達が各々の目的地へと向かってホームを歩いてゆきます。その中の一人に、僕達は決して忘れることの出来ない姿を見つけてしまったんです。
僕達は言葉を見失ったまま、我先にと向かいのホームに向かって階段を駆け上がりました。だけど息を切らして向かいのホームに辿り着いても、もう彼女の姿はありません。……さっきのは、幻だったんじゃないかと肩を落としかけた時です。カッチャンが、大きな声で叫びました。
「おい!あれ――っ!!」
カッチャンが指さした先には、もう改札を出て夜の街へと消えてゆく彼女の後ろ姿がありました。
僕達は必死に彼女の後を追いかけました。もしここで彼女を見失ってしまったら、もう二度と逢えない気がしたから!
「ハァ!ハァ!ハァ!ハァ……! どこ行った?どこ行ったんだよっ!?」
カッチャンが隣で、荒い息を吐きます。
「ハァ!ハァ!ハァ!わ、分かんない!でも確かに、ほたるちゃんだったよ!」
「ハァ!ハァ!ハァ!ああ、間違いない!ほたるちゃんだった!」
僕とリクの肩も、激しく揺れていました。ほたるちゃんを追いかけて僕達が辿り着いたのは、ひっそりとした夜の公園でした。確かにこの公園に入っていく姿を見かけたのに、障害物の少ない見通しの良い公園に、彼女の姿はもうありません。
落胆した僕達が肩を落としていると、突然声を掛けられたんです。
「……私に、何か用事ですか?」
声のした方に慌てて振り向くと、さっきまで誰もいなかった場所に制服姿の彼女が立っていたんです。
「………………っ!!!」
僕達は、言葉を失ってしまいました。それは驚いたとかそんなんじゃなくて、目の前に佇んでいる彼女の姿が、あまりにも美し過ぎたからでした。
何も言葉が出てこなくて口をパクパクさせているだけの僕達に、彼女が訝し気な視線を投げ掛けてきます。
「………ほたる、ちゃん?」
僕の口からやっと出た言葉は、その一言だけでした。
「………ほたる?」
僕の言葉を聞いた彼女が、小首を傾げています。
ひ、人違い! ………だった!?
彼女のその様子を見て、僕は血の気が引いて行きました。もし彼女がほたるちゃんじゃなかったとしたら、僕達のしたことは完全なストーカー行為です。
「ご、ごめん!君が僕達の知り合いに凄く似ていて、もしかしたらと思って追いかけたんだ。怖い思いをさせて、ホントにゴメン!」
急に夢から覚めたみたいに、僕の頭は冷静さを取り戻していきました。それはカッチャンとリクも同じだったみたいで、二人も頻りに彼女に謝っています。
……穴があったら入りたいって言葉は、この時の為にある言葉だと思う。僕達は彼女に何度も謝ると、いそいそとその場から立ち去ろうと踵を返したんです。そんな僕達の背中に、彼女からの声が届きました。
「……あの、もしかして皆さんは、あの森で会った人達ですか?」
その言葉に、僕の胸が大きく動きました。
「……じゃあ。ミッション、コンプリートですね?」
僕は、すぐに振り返ることが出来ませんでした。考えてみれば当然だったんです。ほたるちゃんて名前は僕達が勝手に付けた名前で、彼女が知っている筈がないんですから……
やっと振り向くことが出来た僕の目に飛び込んできたのは、右腕を上げている彼女の姿でした。それは僕達にとって大切な、『ミッション成功』の合図です。僕達は七年越しに、やっと四人揃って右腕を交差することが出来たんです。
「元気に、なったんですね。 ……よかった。ずっと気になっていたんです」
僕達は公園のベンチに座りながら、七年ぶりにゆっくり話しをしました。
その時に彼女が何者なのか、僕達は知ることになります。彼女の名前は黒木青葉さん。同じ県内の高校に通う、僕らと同じ高校二年生だそうです。
彼女は時々肉体を抜け出しては、あの森に遊びに来ていたそうです。その時に僕達を偶然見かけて、気になったみたい。ほんとに恥ずかしい話だけど、僕達がずっと隠れて見ていたことも、彼女は気付いていたんだそうです。
僕達がいなくなった後も、彼女は一人であの森に遊びに行っていたみたいですけど、最近はもう、行っていないみたいですね。その理由は、後で話します。
彼女とは色々話したけれど、その会話の中で一番嬉しかったのは、彼女にとっても僕達との出逢いは、特別だったてこと。
彼女曰く、僕達は「初めて出来た、男の子の友達」だったそうです。恐くないと感じた初めての男性が僕達で、初めて男の子とあんなに沢山の話をしたんだって。
彼女にとってもあの時間は、「不思議な夏休み」の体験だったんです。
だから僕達との別れは、凄く寂しかった思い出なんだって彼女は言っていました。だから寂しい思い出があるあの森に、段々と足が遠のいていったそうです。
別れ際に、彼女はこう言いました。
「……あの時、話してくれた皆さんの夢。叶いそうですか?」
僕達は顔を見合わせてから、大きく頷きました。もちろん強がりも大いにあったんだけどね。
「そうですか。それは本当に、よかったです。実は、私にも夢が出来たんです」
その時に浮かべた彼女の表情を見て、僕達はまた顔を見合わせました。それは今まで見せたことが無い、表情でしたから。……確かに彼女はあの時、自分の夢を語ろうとはしなかった。
「………その夢を、教えてくれる?」
僕が尋ねると、彼女は嬉しそうにその夢について話してくれました。
その話を聞いた僕達は、右腕を上げます。
「……じゃあ、新しい冒険の成功を祈って――」
「はいっ!それぞれの夢を叶える、ミッションのスタートですね?」
最後に彼女が腕を交差すると、僕達は声を揃えて叫びました。
『一人は四人のために!!!!四人は一人のために!!!!』
遠ざかっていく彼女の後ろ姿を見送りながら、誰かが小さく呟きました。
「連絡先とか…… 聞かなくてよかったのかな?」
「ばか……… 失恋したんだぞ、俺達」
カッチャンが虚ろな目でベンチに腰を下ろして、リクがゆっくりと首を横に振った。僕は二人の真ん中で、唇を噛みしめていました。
そうなんです。彼女の話してくれた夢が、僕達の初恋の終わりを告げていたんです。僕達は三人揃って、大きな溜息を吐きました。
「でもさ……… よかったな、ほたるちゃん」
カッチャンが僕の肩に、ポンって手を置きながらそう言いました。
「ああ、ほたるちゃんにあんな顔させる奴って、どんな奴なんだろうな?」
もう一つの空いていた肩に、リクも手を置きます。
だから僕は大きく頷いてから、笑顔でこう答えました。
「……それは、わっかんないけどさ。
僕達は僕達の夢の先で、ほたるちゃんを笑顔にするしかないんじゃない?」
カッチャンもリクも、強がって笑っています。
そんな僕達を、あの夜と同じ少し欠けたお月様が優しく見守っていました。
終
🍀この物語を、ご病気やお怪我と闘っている皆さまに捧げます。🍀
☆☆☆ 関連する作品のご紹介コーナー ☆☆☆
この物語に関連する小説をご紹介させて下さい。
・「虹恋、オカルテット」 【連載中♡】
🌼あらすじ🌼
如月ユウ、金森いずみ、黒木紅葉、黒木青葉の四人が奏でる青春ラブストーリーです。ほたるちゃんこと黒木青葉ちゃんの、ツンデレっぷりを見逃すな!です。(笑)
交通事故で記憶を失ってしまった高校二年生の如月ユウは、真っ白な青春を過ごしていた。しかしそんな日々の中で、ユウはある車椅子の少女と出逢う。そしてその少女…金森いずみの紹介で知り合ったのが、「城西の魔女」こと黒木紅葉と、その妹「氷雪の女神」こと黒木青葉。
記憶を取り戻す為に魔女と女神の所属するオカルト研究部に入部することにしたユウだったが、彼を待ち受けていたのは想像もしていなかったオカルトすぎる恋と青春の日々だった。
この物語は、2024年8月4日現在も連載中なのです(*^^)v
現在は、第83話を公開中です💕
毎週木曜日と日曜日のAM:6時30分に更新していますので、ぜひ立ち寄ってみてくださいね(^_-)-☆
・「初恋」 【完結済】
💗あらすじ💗
高校二年生の金森いずみには、最近ずっと気にかかっている人がいる。それはクラスメイトの如月ユウだ。彼に話しかけたくてもそれが出来ず、悶々とした日々を過ごしていたいずみだが、ある日学校の近くのバス停で偶然彼の姿を見かけたのだった。
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この一話完結の短編小説は、只今連載中の「虹恋、オカルテット」のサイドストーリーです。初めての恋に戸惑う一人の女の子の心の内を綴った物語です。
・「…秘密」 【完結済】
⚔あらすじ💗
輪廻転生を題材にした物語です。
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