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2.届けたいもの
「もとのオリジナルはみな、そうだろう。
ただの言葉であれ、論文であれ、歌であれ、音楽であれ、絵画であれ、映像であれ、写真であれ。
みな、だれかに、どこかに、なにかに、過去に、未来に、時間の果てに、永遠に、届いてほしい、たどり着いてほしい、と願ったものだろう」
はかせの少し遠い声は、さざ波のように響く。
「膨大な量のそれらを混ぜ合わせて、黒い箱の中を通り抜けて、新たに生まれたものたちに、きみたちはてんやわんやしているのだろう」
ぼくは黙って受話器を持つ力を強め、はかせの穏やかな声に集中する。
「きみたちから遠く遠く、果てないほどに遠く離れてしまったわたしからすれば、その生まれたものたちは、きみたちを思い出す、だいじなよすがだよ。
心を寄せるに値する。
いとおしいね」
ぼくは不意に哀しいような気持ちになる。
「はかせ、いまどこにいるんですか」
「星の光の中だよ。きみたちに向かって進む光の中だ。
もうわたしがいた星は消滅してしまった。
星が放った光だけが、きみたちに向かっている。
その中に、わたしはいるよ。
過去からゆっくりと、未来のきみたちに向かって近づき続けているよ」
はかせの声は遠く、とても優しい。
ぼくは泣くことができるのなら泣いてしまいたかった。
「どうしてぼくたちをつれていってくれなかったんですか」
「オリジナルは何も持っていかないと決めたのだよ。
本も、写真も、手紙も、絵も。
みな燃えてしまうからね。
きみは、きみたちは、わたしが作った大切なオリジナルだ。
きみたちなら、混ざりあった砂をより分けるようにして、もとの大切なオリジナルをすくいあげられると確信しているよ」
ぼくと研究所のみんなは、はかせが作った「キツネ」シリーズだった。
ぼくは薄い橙色、ほかのみんなは黒や白。
人工知能を組み込んだ、きつねと同じ大きさのキツネ型機械。
自律的に思考してウサギシリーズの『答え』のオリジナルとなったものを特定する性能に特化している。
そして、人に近い心を持っている。
はかせはキツネシリーズを完成させると遠くの星に行ってしまった。
ぼくたちはとてもさびしいような気持ちになった。
「そろそろ時間だろう。また話したくなったら、電話をかけてくるといい。
わたしが星の光の中にいるうちは、電話がつながるからね」
電話の向こうのはかせの声は、いつもとても遠い。そしてあたたかい。
だからぼくは、切ないような気持ちになる。
はかせ、ぼくはあなたに会いたいです。
ぼくは、ぼくをあなたに届けたいです。
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