終電列車

1/1
前へ
/15ページ
次へ

終電列車

夜の駅は静まり返っていた。終電が過ぎた後、駅のホームには私一人だけが残っていた。風が冷たく、寂しい気持ちが胸に広がっている。ホームの時計を見上げる、既に日付が変わっている。足元には、線路の向こうで野良猫が歩いているのが見えた。彼はまるで自分のテリトリーをパトロールしているかのように、我が物顔でホームを歩いている。 「もう終電は終わってますよ」駅員が迷惑そうに声をかけている。中年の男性で、目には疲労が滲んでいる。私は無言で頷き、目線を線路に戻した。駅員はため息をついてから、改札の方へと戻っていった。 しかし、私は何故かこの場を離れることができなかった。まるで何かを待っているかのように、立ち尽くしていた。その時、遠くから微かに聞こえる電車の音に耳を澄ました。終電はとっくのとうに終わっているはずなのに、何故か電車が近づいてくる音がする。 その瞬間、線路上の野良猫が危険な位置にいることに気づいた。彼は全く気づかずに歩き続けている。私の心臓は一気に早鐘を打ち、無意識に体が動いた。駅員が驚いた顔でこちらを見ている。「危ない、何してるんだ!」と叫ぶ声が聞こえたが、私はその声を無視して線路に飛び降りた。 電車の音はますます近づいてくる。猫を抱き上げると、彼は驚いて小さく鳴いた。次の瞬間、電車のライトが私たちを照らし出した。その明るさに目を閉じると同時に、電車が突っ込んでくる感覚が体に伝わってきた。しかし、その衝撃はなかった。 目を開けると、私は元の位置に立っていた。野良猫は私の腕の中におらず、足元には誰もいなかった。駅員もこちらを見つめているが、驚いた様子はない。私はただ茫然と立ち尽くし、何が起きたのか理解できなかった。 電車の音も消え、駅は再び静寂に包まれた。何もなかったかのように。駅員が近づいてきて、何も言わずに私を見つめた。私はただ立ち尽くすことしかできず、その夜の不思議な出来事を思い返していた。それが幻覚だったのか、現実だったのか、誰にもわからないままだった。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加