いつか…

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昨日に戻る感覚というのは、多分、僕の本能的にこのまま時を進めたくは無いという思いの表れだと思っている。 このまま歳を取っていくことを拒みたいのだ。 でも、こんなに偉そうな考えの持ち主の割に、新しい行動は起こそうとはしていない。僕は、なんて自分勝手な生き物なんだろうか。 …僕は、今の僕が嫌いだ。 僕は今日も、いつもと同じ駅のホームに佇む。電車が来る10分前にはいつもの場所に並んでいる。 今日もまた昨日の繰り返しだけの日々だろう。 そう思っていた僕だが、今日は朝から新しいことが起きたのだ。 「あのぅ。」 背後から女性の声がした。僕の真後ろからに聞こえたが、僕に話し掛けることは無いだろうと無視をしていた。 「あの、すみません。」 もう一度声がすると、僕は恐る恐る後ろに振り返った。 僕は女性と目が合った。 「…えと、ぼ、僕ですか?」 「は、はい。」 女性は少し顔を赤らめていた。 …え?僕に用事?同い年くらいの女性。 「な、何か?」 「あの、後ろのポケット。」 女性の指摘に急いでお尻のポケットを触ると、中生地が外に出ていた。そう言えば昨日は珍しく帰ってきてからスラックスをハンガーに掛けるのを忘れていて、朝寝ぼけて同じスラックスを履いた時にポケットに昨日のハンカチが入ったままだった事に気付いて急いで出したんだ。きっとあの時だな。 「あ!ありがとうございます。」 僕は恥ずかしかった。 そうだよな、僕に対する用事なんかこんなもんだ。僕は一体朝から何を期待してんだ。本当に恥ずかしい。 僕は女性に頭を下げて前に振り向こうとした。 「あ、あの。」 再び声を掛けられ、僕は動きを止めて、ゆっくりと女性の顔を見た。 「あの、毎朝私の前にいらっしゃるんで、つい話し掛けちゃってすみませんでした。」 「え、毎朝…。」 後ろに誰が並んでいるかなんて気にしたこと無かった。 「いえ、助かりました。慌てて出てきたもので。」 「いつも同じ時間、同じ場所にいるのでつい。多分、私たち同い年くらいですかね?私、今年新卒なんです。」 「ぼ、僕もです。」 「じゃあ同い年ですね。私、田舎から出てきたんで都会にまだ慣れなくて。毎朝同じ時間同じ場所から乗らないと怖いんです。」 女性は笑いながら話した。 「僕は東京育ちですけど、今は一人暮らしなんで、誰に頼らずやらないとなって考えると、ルーティンになってまして。」 「ルーティン大事ですよ。あ、私、小酒部優里音(おさかべゆりね)です。」 「ぼ、僕は…小田原貴大(おだわらたかひろ)です。」 「小田原って地名にありますよね。」 「そ、そうなんですよ、珍しい名字なんで直ぐに覚えては貰えます。」 …あれ、僕今普通に会話してる?しかも女性と。 僕と小酒部さんはそのまま電車に乗り、先に小酒部さんが降りる駅に着くまで会話を続けた。 「急に話し掛けちゃってすみませんでした。でも楽しかったです。…また明日。」 「う、うん、また明日…。」 小酒部さんは笑顔で手を振り人混みに消えていった。 何だろ、この気持ち。 初めて覚えた気持ちに僕は戸惑いを隠せなかったが、心が温かい感覚がした。 「また明日…か。」 初めて明日が楽しみになった。
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