第十話 妖の王

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『ミカド』という響きから、なんとなく平安時代の御所のようなものを想像していたが、目に飛び込んできたのは意外にも洋風の建築物だった。  どことなく東京駅の赤レンガ駅舎を連想させるようなクラシックなデザインだが、この世界では間違いなく最先端の技術だろう。  広大な敷地にそびえる荘厳な建物は、宮殿と呼ぶに相応しかった。 「袴って、正装なのかな……」  いつもと同じ服装の自分が急に場違いな気がして、七星はキュッと着物の袖を握りしめる。月也は七星に視線を移すことなく、まっすぐ前を見たまま冷静に告げた。 「帝に謁見する予定はないので問題ない。それに、お前の着物は最高級の正絹(しょうけん)だ。どこへ出ても恥ずかしくないから安心しろ」  さすが西條家、普段着からして格が違う。  それなら安心だとホッとしたのも束の間、すぐにまた別の懸念が生まれてしまった。  月也が「最高級」と言うのなら、相当に高価な代物なのだろう。汚したり傷つけてしまっては大変だ。  そんな心配をしているうちに、人力車は宮殿の正門前で停車した。ひらりと月也が身軽に人力車から降りていく。  七星もその後に続こうとしたが、着物をどこかに引っかけては大変だと思うと、どうにも動きが鈍くなった。座席は思いのほか高く、車夫が踏み台を用意してくれても、すんなり降りることが出来ない。  不思議そうに首を傾げた月也が、モタモタしている七星を見かねて両手を伸ばした。  月也に持ち上げられた身体は、いとも容易く宙に浮く。 「お、お兄様っ⁉」  小さな子が「たかいたかい」されているような格好になり、七星は顔を真っ赤にさせた。思わず狼狽えて手足をバタつかせたものだから、月也は危うく取り落としそうになり、慌てて七星を抱き留める。 「どうした、怖かったか?」  まるで抱えられた小動物のように、七星はすっぽりと月也の胸に収まってしまった。  月也との物理的な距離が急に縮まり、七星の心臓は早鐘を打った。至近距離で見る美青年の破壊力は絶大で、長い睫毛やキリっとした薄い唇を映した七星の網膜が焼き切れそうになる。  目の保養、などという生易しいものではなかった。  広輝も相当なイケメンだと思っていたが、レベルが違う。  しかし月也の方は七星を小さな子どもとしか認識していないようで、微塵も照れる素振りなど見せなかった。ケロッとしたまま七星を地上に降ろすと「さぁ、行くぞ」と歩き始める。 (わ、私ってば二十も年下の子に、こんなにドキドキするなんてどうかしてる)  中々鳴りやまない心臓を押さえながら、七星は月也の背中を追いかけた。
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