第九話 人を呪わば穴二つ

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「術を破っただけにしては、ずいぶん強力な呪詛返しに感じたのだが……」  月也は何か引っかかっているようだったが、すぐに気持ちを切り替えるように軽く頭を振った。 「いや、考えすぎだな。お前も気にしなくていい。長居してすまなかった。ゆっくり休め」    廊下を歩きだした月也の背中に、七星も「おやすみなさい」と告げる。  部屋ではまだ、墨怜がアンティークテーブルの上の食器を片付けているところだった。  黙々と作業する墨怜の横顔に、七星は少しの既視感を覚える。 (ゲームに墨怜なんて名前の女中は出てこなかった……と、いうことはモブなのよね? でも何でだろう。どこかで見た覚えがある)  七星の視線に気づいたのか、墨怜は顔を上げると七星に向き直った。 「申し訳ございません。早くお休みになりたいですよね。直ぐに退室いたします」 「い、いえ! 違うんです」  墨怜に気を使わせてしまったと思い、七星は慌ててパタパタ扇ぐように手を振った。 「墨怜さんが、誰かに似ているような気がして……。あっ、ごめんなさい。 変なこと言って」  墨怜がグッと眉間の皺を深めたので、七星は「何かマズいことを言ってしまっただろうか」と、オロオロした。  墨怜は短く息を吐いた後、諭すように静かに口を開く。 「七星様、いけません。私に『さん』などの敬称は不要です。主従関係をはっきりさせなければ、周囲の者も七星様を侮ります」 「す、すみません」  肩をすぼめて縮こまる七星に、墨怜は再度「いけません」と言い放った。 「以前のように虚勢を張られるのも困りますが、あなた様は常に堂々とした振る舞いを心がけてください。先ほど月也様にご自分の意見を述べられた姿は、とても立派でしたよ」 「そう言われてましても……」  生まれながらの貴族である月也や鷹司七星と違い、庶民な上に元から小心者の自分には、墨怜を呼び捨てるのすら難しいのに。  そう思いながら目を伏せると、七星の右肩に墨怜の手がそっと添えられた。 「誰が敵で誰が味方かわからない世です。弱気を悟られないよう、隙を見せてはなりません」  墨怜の真剣な眼差しにハッとする。  自分は今、身を守る術を教えてもらっているのだと理解し、七星は深刻そうにうなずいた。 「わかりました。気を付けます」  七星の返答を聞いて心なしか表情を緩めた墨怜は、猫足のキャビネットから寝巻用の浴衣を取り出した。  手際よく七星を着替えさせると、「それでは」と一歩下がる。 「私は隣の部屋に控えておりますので、何かあればお声掛けください。白虎、あとは頼みましたよ」  白虎がそれに答えるように、グルルと小さく喉を鳴らした。  墨怜も白虎に頷き返し、障子戸を開ける。  すると外で待ち構えていたのか、呂色が墨怜の足元をするりと通り抜け、七星の腕に飛び込んできた。
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