第九話 人を呪わば穴二つ

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『やーっと起きた。私と話せる時間はちょっとしかないのよ? 無駄にしないでちょうだい!』  ほんのり紫がかった艶やかな黒髪。最高級のベルーガキャビアみたいな潤んだ瞳。えんじ色の袴に同色の大きなリボン。  見間違えるはずがない。 「な、ななちゃん……!」  そう呼びかけられて、それまでツンツンしていた鷹司七星が大きく目を見開き、両手で自分の頬を押さえた。 『ななちゃんですって!? それってまさか、わ、私のこと?』 「あっ、ごめんなさい。馴れ馴れしかったですよね……今後はちゃんと、七星様とお呼びします」  つい、いつもの癖で心の中での呼び方をしてしまった。初対面でいきなり愛称で呼ばれては、気分を害されても仕方ないなと反省する。  しかし鷹司七星は「えっ」と慌てた表情になった。 『べ、別に構わないわ。特別に許してあげる。これからも『ななちゃん』って呼びなさいよ』 「いいんですか? じゃあ……ななちゃん、ここは一体どこなんでしょう?」  そう尋ねてから、七星は改めてぐるりと周囲を見回した。壁があるのかないのか、どこまでも真っ白な空間が広がっている。七星の見た目も、どうやら本来の大人の姿に戻っているようだ。 『さぁ。私にもわからない。あなたの夢の中かもしれないし、もっと別の場所かもしれない。……そんなことよりも』  そこで言葉を区切った鷹司七星は、ビシッと人差し指を突き立てて、思い切り七星を睨んだ。 『ズルいじゃない! お兄様とあんなに仲良くするなんて!! 私、一度もお兄様と一緒にお茶を飲んだことなんてない!!』  言っている側から、鷹司七星の両目にみるみる涙が溜まる。 『ズルい! ズルい! 白虎神獣まで護衛に付けてもらって!』  床をダンダン足で踏みつけて、遂にわぁわぁ声を上げて泣き出した。 『私だって、お兄様ともっと仲良くしたかったのに!!』  地団太を踏みながら大声で泣き喚く少女の姿に、七星の胸は押し潰されそうになる。 「ななちゃん……!」  思わず両手を伸ばし、すっぽり包み込むように鷹司七星を抱きしめた。ビクッと彼女の小さな肩が震えたが、振り払われることはなかった。 「そうだよね。もっと仲良くしたかったよね」  七星が改めて声に出して同意すると、鷹司七星はしゃくりあげながら「でも」と、しがみついてきた。 『でも、お兄様は、私のこと、嫌いじゃなかったよね?』 「うん。ちゃんとななちゃんのこと、考えてたよ」 『それなのに私、どうやって仲良くなればいいのか、わからなかったの。だから、怒るか泣くかして、注意を引くしかできなかったの』 「そっか……そっか」  どんな慰めも薄っぺらくなりそうで、かける言葉が見つからない。鷹司七星の頭を撫でながら、「どうか」と心の底から願う。 「お願い。私とななちゃんの魂をもう一度入れ替えて……! ななちゃんを元の場所に帰してあげて!」  どうしてだか、叫べば誰かに届くような気がした。
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