第十話 妖の王

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「お待ちしておりました」  開いたふすまの向こうで、濃紺の着物を着た女性が三つ指をつき、丁寧に頭を下げる。 「七星様、お初にお目にかかります。本日より女中頭を任せていただくことになりました、松尾と申します。以後お見知りおきを」  三十代後半から四十代前半の、穏やかで聡明そうな女性だった。墨怜のイメージが凛とした黒ならば、松尾は柔らかなペールイエローだ。  この人なら間違っても七星に対し、寒空の下で水浴びをさせたり、固くなった麦飯を食べさせたりしないだろう。 「よろしくお願いします」  ホッとしながら七星も挨拶を返すと、松尾はふんわりと微笑んだ。  部屋にはまだ月也の姿はなく、床の間の前に一つ、そしてその向かいにもう一つ座布団が置かれている。 「じきに月也様もおみえになります。こちらでお待ちください」  そう促されて、七星は下座の座布団を選んで座った。  用意された席は二つのみと言うことは、父親は同席しないということだろうか。  そんなことを考えながら待っていると、松尾が言った通り、すぐに月也も茶の間に姿を現した。 「今日は顔色がいいな。良かった」  言いながら、床の間の前に腰を下ろす。  この後、皇帝宮殿へ赴く予定だからか、月也は鳳舞学園の制服を着用していた。軍服のようなデザインなので、学生と言うより若い将校のように見える。  七星は凛々しい月也をあまり見つめ過ぎないように気を付けながら、おずおずと尋ねた。 「お父様はいらっしゃらないのですか」 「ああ。今朝も妖魔が帝都に出現したらしくてな。父上は既に出かけたようだ」 「ようま……」  そういえば、ヒロインは帝都の災いを払う巫女だという設定だった。正規ルートではメインヒーローである月也と共に、蔓延る悪と戦う場面もあったように思う。  ゲームの中ではドラマを盛り上げるちょっとしたスパイスのようなエピソードにも、裏ではこんな苦労があったのだなぁと、七星は妙に感心してしまった。 「帝都には昔から妖魔がいたはずなのに、なぜ最近になって問題を起こすようになったのでしょう」  ふとした疑問を七星が口にすると、月也は若者らしくない憂いに満ちた苦渋の表情を浮かべる。 「昔も悪さをする妖魔はいたが、(あやかし)の王がある程度は抑えてくれていたんだ。ただここ数年、王が全く姿を現さなくなってしまってな。それで妖魔が好き勝手に暴れているというわけだ」 「妖の王?」  あれほどやり込んでいたゲームなのに、妖の王という存在は初耳だった。
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