第十話 妖の王

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 いや、待てよ。と、七星はジッと一点を見つめ考え込む。 (そう言えば、追加エピソードの解放と隠しキャラの存在がつい最近告知されていたっけ。シルエットのみの立ち絵だったけど、確か和装の獣人だった……)  SNSでもトレンドに上がるほど「隠しキャラ解放」は話題になっていたが、もしかするとあれが妖の王だったのではないか。だとすると、いずれ攻略対象者として七星と出会うことになるかもしれない。何の知識も持ち合わせていない状態で対峙することだけは避けなければ。  万が一に備え、七星は情報収集を試みる。 「王と言うことは、妖の国があるということですか?」 「ああ。ただ、アールヴヘイムのような正式な国家ではなく、現世(うつしよ)幽世(かくりよ)の中間にある常夜(とこよ)の世界で、住まうのも魑魅魍魎だ。妖の王が力でねじ伏せていただけで、統率や法があるわけではない」  何だか混沌としていて物騒だなと思いつつ、七星は質問をつづけた。 「王が居た頃の妖たちは、人間に友好的だったのでしょうか?」 「友好的とまでは言えないが、積極的に害をなすことはしなかったな。あちらも人と揉めるのは面倒だと考えているのだろう。ただ、下位の物の怪や死霊など本能のままに動く輩は、隙あらば現世に来て悪さをしようとする。今、帝都を騒がせているのもそういった位の低い連中だ」  話を聞く限り、王の不在は非常に危ういように感じられた。今は雑魚が帝都を荒らしているだけだが、その気になれば上位の妖もこちらに来れるということだ。  果たしてそんな事態になったとき、人間側に対抗する術はあるのだろうか。  七星の懸念を表情から察したのか、月也は「大丈夫だ」と口にする。 「そんなに心配そうな顔をするな。あちらが『揉めたくない』と思う程度には、人も強い」  悠然と構えた月也が言うと、本当に何も心配ないような気がしてくるから不思議だ。  その後は何事もなく朝食を済ませ、外出の準備をして玄関に向かう。「春とは言えまだ冷えますから」と、墨怜が羊毛のショールを羽織らせてくれた。  玄関先まで迎えに来ていた人力車に、月也と並んで乗り込む。  想像以上に車高が高く、七星は思わず「わぁっ」と感嘆の声を上げた。  西洋風の建物は見当たらなかったが、今まさに建築中と思われるレンガ造りの家がいくつかあった。この街並みをモダンと呼ぶにはまだ早いが、充分その片鱗を思わせる。  大通りを行きかう人々の中にも、ちらほらと洋装の者もいた。 「眺めが良いだろう」  物珍し気に視線をあちこち飛ばす七星に、月也が機嫌良さそうに口の端を上げた。大きくうなずく七星に、月也は指をさして行く先を示す。 「ほら、見えてきたぞ。あれが皇帝宮殿だ」
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