《偶然?》

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《偶然?》

 愛しい弟の奇麗な手を汚してしまった拓真は先ほどの興奮はどこへやら、ティッシュをすぐさま取り出して慌てた様子で玲央の手を強く拭う。  さすがに弟に自分の世話をされるとは思いも依らなかったが、……一番の被害者は弟の玲央だ。  懺悔で自然と涙が溢れてくる。情けない自分が居る。大好きな弟に蔑まれた瞳などされたくもない。 「ご、ごめんっ。調子乗ったよ、その……玲央を傷つけた。――困らせた」 「俺は別に平気だよ。それよりも、こっちもごめんね、驚かせてさ」 「そんな、――玲央は悪くないよ。俺が童貞だからいけないんだ」  そう。すべては童貞で経験が皆無な自分の責任だ。  だから玲央を今も困らせたような顔をさせているのも自分がもっと自制を働かせなければならなかったのだ。  玲央は許している様子だが、これは兄弟としては異常事態。――解決せねばならない深刻な問題として受け止めなければならない。  拓真は大きな瞳から零れる涙を露骨に拭い、下を向く。 「やっぱり街コン行ってみるよ。玲央をそんな、あの……困らせた顔させたくないしさ。修作を無理やりにでも連れて、恋人つくってみるよ。そうすれば玲央も――」  顔を見上げた瞬間、ひどく傷ついた顔をした玲央が映っていた。怒っているような、悲しんでいるようなそんな表情であった。  玲央が拳を握り締め、太い息を漏らす。 「――そうだね。拓真は昔から鈍感だし、鈍感の割には行動力あるくせに奥手だもんね」 「え、なにいきなり怒ってんの? でもそりゃ怒るか……」  男の、しかも童貞のシモの世話など嫌に決まっているかと思えば「そういう意味じゃないけどさ」見抜いたような言葉を告げている。  じゃあなにが不満なのだと拓真は欲を吐き出したティッシュをゴミ箱に捨ててから首を傾げた。  先ほどの緊張感はどこへやら、今は玲央のなんの地雷を踏んだのかを知りたい。だが玲央は首筋を掻いたかと思えば立ち上がっていた。 「じゃあ街コン行くんだとしたら俺も誘って。それだけはお願い」 「えっ、お前、彼女居るじゃん!」 「もう別れるから良いよ。そんじゃ、よろしく。あっ、――もうご飯できてるって」 「あ……うん。ありがとう」  すぐに今の彼女と別れるなんてもったいない気がするが、相性が合わなかったのかもしれない。玲央はモテるが付き合っても別れることが多い。  玲央が出て行った拍子にふと(よぎ)る。 (あれ、そういえば別れるときって大体俺がなんか疲れている……とか、病んでいるときとかそういうときにきっぱり別れるよう……な?)  偶然かなど思いつつ、玲央の背中を見送って自分も下だけ着替えた。このパンツとハーフズボンは自分で洗うべきなのかどうか、デリケートだがくだらない悩みに拓真は(ふけ)るのだ。
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