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《マヌケ》
どういうことかを聞きたそうな玲央の曇った顔に拓真は赤面してしまった。だが言い出した張本人はスマホ越しなので拓真の表情は見えない。
しかし沈黙が続いていたので修作は一つ咳をした。
「まぁお前の兄ちゃんは欲求不満らしくてな。そういう夢を見たらしいんだと。んで、その夢を見るのは自分には彼女が居ないから……ということで良いか」
「あ、まぁ……うん。その、玲央には言いにくくて……さ」
「――――ふ~ん」
やけに神妙な顔をしている玲央に拓真は想像を巡らせた。
自分よりも年上でしかも兄貴が欲求不満で恋人を作るなどとという下心丸出しでスケベな人種を玲央は受け入れられないのかもしれない。
社会人としては一応そつなくこなしてきた人間だが、恋愛に関しては赤子同然だなんて兄貴として失格かもしれない。
これで25歳にして童貞――だと知ったら、優しく可愛い弟は自分を侮蔑する瞳で見るのではなかろうか。
というか自分が童貞だと知られてしまったら、かたやキスマークを付けられたモテ男に侮蔑を通り越して悲哀の眼差しで見られる……なんて、耐えられない。
「修作さんさ、拓真って彼女居たことあるかわかる?」
「え、あ、ちょっ――」
「多分ないな。だから彼女が居るお前が羨ましいんだろうよ。まぁ、童貞でも優しい兄貴なんだから優しくしてやれ。じゃあそういうことで、街コンはパスで」
プチンと切なく切れてしまったスピーカーに拓真の顔は真っ赤っかである。頭が
沸騰しそうなぐらい拓真はゆでだこになっているのにも関わらずにだ。
拓真は回り切っていない頭で考えを巡らせた。とりあえず今回の修作の小説は絶対に読まないと決めた。
だがその前に俯いている弟へどういう言い訳を考えれば良いか。――自分はどうして童貞を貫こうと。賢者になろうとしているのかを音速のスピードで考えて閃く。
「お、俺さ! 夢でその……自分のタイプの女の子じゃないと付き合わないって決めているんだよ!」
「ふ~ん、タイプね。容姿とか性格とか?」
「ま、まぁ容姿かな! それで性格が駄目だったら付き合わない!」
「……じゃあどういう子が良いか教えてよ。気が向いたら探してあげても良いけれど?」
「え!? いいの?」
これは期待が持てると拓真は笑みを零した。……一瞬だけ、玲央が寂しそうな顔をするが気が付かない。
「えー、どういう子が良いかな。巨乳で、背もそこまで高くなくて肌の色はどうだろう……。うーん、迷うな」
「あれ、なんかおかしくない? ――決めている子居るんでしょ?」
「あっ」
頭をフル回転させた超スピードだ。光速を超えたかもしれない。
「そのっ、エロい子が良いんだよって――あっ……」
人間は光速の速さで答えてしまったら馬鹿でアホで中学生のような回答をしてしまうようだ。これを”マヌケ”という。
「ふふっ、あははっ。そっか~、拓真はエッチな子が良いんだね」
「今のはなしっ! いや、本当はその……あの……」
言葉に詰まり今度は拓真が俯けば――玲央が距離を詰めてきた。
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