クール聖女とアンラッキーギャル

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ぼーしょく 上   「まっちゃのパフェーが食べたぁい」  昼休みの途中、スマホを見ながらこらえきれなくなった言葉が、自然と口から零れていた。  隣の席のみやびはどこかきょとんした表情で、私のことを肘をつきながら眺めてくる。  「食べに行けばいいじゃない」  「いや、独りで行ったら寂しいじゃん?」  独りで行って、ただ真摯に真剣にパフェの美味しさと向き合う。もちろんそれも乙なものではあるけれど。  今はちょっとそんな気分じゃない、自分がどれだけ美味しいと感じたか、どれくらいそれが好きかちょっと聞いてもらわないと治まらない。カーディガンの垂れた袖の中から指をちっちっちと振りながら、私は首を横に振る。なっていないよお嬢さん。  「…………じゃあ、るいとえるでも誘ったら?」  そう言ったみやびの視線は私から少し外れて、すっとぼけたような表情。むむむ、一筋縄じゃあいかないなあ。  「んんー……るいちゃんたちと行くのも悪くないけど、みやびはダメなの? 一緒に食べにいこーよー」  カフェ一覧の開かれたスマホを手放して、みやびの肩をがくがくと揺すってみる。しかしみやびはがくがくと揺すられながら、お手製のサンドイッチを頬張ったまま、器用に咀嚼を続行していた。  「私は放課後は大体、教会の仕事があるから」  「えー、土日はー?」  「ミサとその準備」  「ハード過ぎない……? 高一の女子高生にあるまじきスケジュール密度じゃない?」  うぇぇと思わずしかめっ面をしてみるけれど、当のみやびは涼しい顔をしている。うーん、長年聖女なんてやってると、ハードスケジュールにも耐えられるようになっているのか。私なら絶対抜け出して遊びに行ってる気がする。  残念さがむーっと押し寄せてきて、思わずぶーたれてしまう。子どもっぽいからあんまりよくないよとは、お父さんに言われているけど、しかし不満なものは不満なのである。  「…………ぶーぶー」  「………………はあ、土曜の夕方からなら多分、空いてるけど」  「まじで!!? やった!!」  思わず声がおっきくでて、周りのみんながなんだなんだと視線を向けてくる。私は照れ笑いだけ浮かべながら、浮かびかけた腰をそっと下ろして、うきうきに身体を揺らし始める。  「二時間くらいしか取れないけど、それでいいの?」  「もーまんたい、二時間もあればパフェに、ホットケーキに、タピオカまで行けちゃうぜ?」  「……もう、そんなに食べれないから」  なんて言って口元を隠すみやびの頬が少しだけ緩んでいるのを、あやかちゃんは見逃しませんことよ。ふっふっふー、と思わずこっちもニマニマしていたら、ふと思い出したようにみやびはすっとこっちに視線を向けてきた。  さっきまでのゆるみが消えて、じっとまっすぐクールさを讃えた視線が、私のことを見透かすようにじっと見つめてくる。  「ところで、あやか。お願いを聞いた、交換条件じゃないけどさ」  「……………………なんでしょう」  思わずその視線を直視するのが辛くなって、そっと視線を逸らしてみる。それからなんとなくカーディガンの袖でちょっと口元を隠しとく。  「なんで、こんな暑いのにカーディガンなんて着てるの?」  そうやって聞いてきたみやびの笑顔は綺麗なのにどこか恐ろしさを讃えてて。黒味がかかった灰色の髪が、どことなくその怖さを助長してくる。  「…………ほら、冷房で身体が冷えないように」  そう、別に冷房対策でカーディガンを着ること自体は珍しいことじゃない、現に私以外にも何人か来てる子はいるし、視界の隅のえるちゃんもカーディガン着てきてるし。  「ふーん、私にはその右手を隠してるように見えるんだけれど?」  口元を抑えていたカーディガンに隠された右手が、思わずびくっと震えた。  背中とおでこから嫌に冷たい汗が流れ落ちてくる。まあ、いつもは着ないのに、今日だけ着てるのやっぱ不自然だったかな……。  「…………なんにもないよ?」  「じゃあ見せて」  みやびはそう言って、どこか冷たくも嗜虐的な笑みでゆっくりと身体をこっちに寄せてくる。じりじりと私もそれに合わせて後退するけれど、なにせここは窓際の席。三十センチくらいで壁にぶち当たる。  「……………………」  「短い付き合いだけど、あやかが嘘つくの下手なのは、段々わかってきたんだよねぇ」  ゆっくりと整った顔がにじり寄ってきて、鼻先が当たりそうなくらいのところで、にんまりと冷たさを含んだ笑みに私はただ追い詰められる。しかも気づいたら、窓に押し当てられるように物証たる右手は抑えられている。  あわわ、とどうにか脱出しようとしている間に、カーディガンが捲られて袖に隠していた右手が、みやびの前に露にされる。  「これ、何?」  あれはそう、今日の朝のことだったか。  いつも通り、暑さに喘ぎながら、手で顔を直射日光から守って登校しているときのことだった。  なんか突然降ってわいてきたカラスが私の頭の上をなんでか、すごい勢いで通過して、その時にかぎづめで引っ掻かれたんだけど。  それのお陰でちょっと血が滲むくらいの傷が、手の甲についてしまった。野生動物系は雑菌が怖いから、消毒だけは一応したけど。  「なんで見せないの?」  「いや、ははは、えと、あんまり見栄えのいいものじゃないし……」  というか、見せたらみやびにまた『奇跡』で治療されてしまう。  治療されることは別に問題はないのだけれど、そのたびに私のパンツはえらいことになってしまうので。  見せるに見せれなかったと言うか、さすがにあれを繰り返すと女子としての尊厳がなんか壊れちゃいそうというか。  なんて、どういえばいいのかと迷っている間に、ふと気づくとみやびはそっと私の身体を覆うように、その細長い身体を寄せてくる。  え?  なんて呆けている間に、みやびはそっと袖の中に隠れた右手に自分の手をそっと絡ませてきた。柔らかい指の感触が、そっと私の傷跡をなぞってすこしむずがゆい。  なに?  そのむずがゆさに思わず指が跳ねた瞬間に、ようやくみやびが何をしようとしているのかを理解する。  身体で周囲から私の右手を隠してる。  それとカーディガンの袖で、『奇跡』の光が見えないようにしているんだと。  そう理解したころには、もう既に全部が遅くて。  「『……』に『……』を」  みやびが言葉を紡いだ瞬間に。  私の、頭の、奥と。  おへその奥の、ほんとの奥から。  熱くて、どうしようもない何かが溢れ出してきて。  声だけを必死に抑えながら、みやびがそっと撫ぜるように、優しく袖の中で指を絡めてくる感触を感じてた。  そして程なくした後には、傷跡のなくなったわたしの右腕と、満足げな笑みを浮かべるみやびだけが残っていて。  そして私は案の定、顔が熱くなるのを感じながら、トイレにすごすごと向かうしかないのであった。  みやびがみんなが見てる中、私に壁ドンしてたなんて噂が、まことしやかに広まるのはまた別のお話。 
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