クール聖女とアンラッキーギャル

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ぼーしょく 中  まだ日も陰らない猛暑の街を、小走りで汗を流しながら走ってく。  聖女たるもの、常に穏やかに、余裕をもって、慌てることなかれなんていうのが、教会で口酸っぱく注意されていることではあるけれど。  今は、そんなこと言ってる場合じゃない。  待ち合わせの駅前のベンチの近くでぐるっと視界を見回して、目当ての栗色のくるくる髪を見つけて、走り寄る。  「ごめん、あやか、遅れた」  そう声をかけると、さっきまでぐでっとベンチで姿勢を崩していたあやかが、ようやく私に気付いて、はっとした顔をする。  「ああ、来た! 遅いよ、みやびー、私暑くて焼きマシュマロになるかと想ったよー」  そう言っているあやかの額には確かに汗が浮かんでて、こんな猛暑日の中、待たせたのは本当に申し訳が立たない。私は荒れた息を整えながら、もう一度頭を下げる。  「待たせてごめん。寮でる時シスターにちょっと捕まっちゃったんだ」  そう口にすると自然と、シスターの嫌な顔が思い浮かぶ。外に出る時、どうして外に行くのかと、やたらめったら質問を受けた。なんとかやんわりと振り切ってきたけど、あれは帰ったらまた問い詰められそうだ。  そのせいで少し気が滅入るけど、まあ、こんな暑さの中待たされたあやかほどではないだろう。  ただ、当のあやかはそれを聞くとあららー、ところっと表情を変えて、肩をすくめて笑っていた。  「そりゃあ仕方ない、みやびも大変だねえ」  普通、シスターとか、寮とか、あんまり聞き慣れない言葉だから、人によっては少し戸惑ったような顔をするものだけど、この子はほとんど気にしてこない。まあ、そこが一緒にいて楽なんだけれど。  「ほんっと、ごめん」  「いいよ、別にみやびが悪いわけじゃないしさ。じゃ、早速いこー、私ははやくクーラーにあたりたいよ」  ふらっとどことなく覚束ない足取りで立ち上がるあやかをそっと支えて、二人して事前に決めていた駅前のカフェに足を向ける。  そんなに遠くなかったから、数分でそこについて、場所を確認してから私たちは木製の少しお洒落なドアを開いてそのカフェの中に入った。  「すぅ~ずぅ~しぃ~、あ、二名でお願いしまーす」  あやかはドアを開けるなり、踊るように店の中に入って、流れるように店員さんに人数を伝える。顔がほとんど溶けてるのに、妙に流暢だから私も店員さんも思わずくすって笑ってしまった。  そのまま笑顔の店員さんに中に通されて、程なくしてお冷とメニューを渡される。  あやかの言う通り、カフェの中は涼しくて、身体中に浮かんでいた汗が一気に冷えていく。急に冷えるのは少し身体に悪いけど、今はそんなの関係なくただ涼しいのがありがたい。  二人してしばらくエアコンの空気とお冷にぼーっと熱を冷ましてもらってから、先に我に返ったあやかがいそいそとメニューを開き始める。  私も折角だから、もう一つのメニューを開いてみるけれど、なんだかよくわからない単語が羅列されてていまいちどれもピンとこない。パフェとサンデーの違いってなんなんだろう……?  「なに食べるぅー? 私はねー、この宇治抹茶パフェとー、宇治金時かき氷とー、お抹茶パンケーキとー……」  「……抹茶ばっかりじゃない?」  あやかの顔はわかりやすく、好物を前にして緩んでて、常に頬がにんまりとしている。気のせいか顔全体が丸くなったように見えなくもない。  「ふふ、だって抹茶好きなんだもん。抹茶はいいぞぉ? 甘味の奥に漂う苦味、それがさらに甘みを引き立てて、なおかつ香りもとてもよき。食べてて飽きがこないもよきポイントもりもりだよぉ?」  「そーなの? まあ好きならそれでいいのか。私は……どうしようかなあ」  ちらっとあやかに見えないように、財布の中身を確認する。入っているのは、千円札が数枚。大きめのパフェはそれだけで千円と少しくらいはする。本当はちょっと気が引ける値段だけど、折角一緒に食べに来ているのだから、変に節約するのも少し違う気がするし。  「みやびはなんにするの?」  「うーん……」  折角だし、期間限定のやつがいいのかな、ちょっと高いけど……。いや、初めてきたんだし、オーソドックスなやつにするべき? いちごパフェとか……。チョコパフェは……、うーん、如何せんあまりこういうところに来たことが無いから味の想像がうまくつかない。  「ふっふっふ、なやむがよい迷える子羊よ……それもまたスイーツ巡りの醍醐味さ……」  「いや、あんた何者想定なのそれ?」  「え? スイーツの神様さ」  「それはまた、えらい存在が出てきたね。スイーツの神様がそんな抹茶びいきで大丈夫?」  「好みは千差万別なのが当たり前……、スイーツの神様にも好みがあるのさ……だからストロベリーもチョコもバナナも神様は許します……。でもチョコミントは神様ちょっと美味しさがよくわかんない……」  「はは、ダメじゃん。……でも私、それ食べたことないかも。ていうかこういうとこでパフェ自体食べるの初めて」  「…………ま? 買い食いとかしないの?」  「寮の小遣い、月二千円だから、あんまりできないのよね。んー、なにしよっかな……。色々頼むのはちょっと高いし……」  「……………………そっか。んー……」  結局、悩んだ末に、イチゴパフェを頼むことにした。一番安いし、基本がわかんないとどれが美味しいかもわかんないしね。まあ、二回目があるかは、ちょっと謎だけど。  「よし、決めた。このボタン押したらいいの?」  「んー………………」  ただそうやっている間も、あやかは何やら難しい顔で唸ってる。また、ここにきて迷い始めたかな、想い悩むあやかはうーんと難しい顔で唸りながら、頭どころか体まで捻ってる。まあ、見てる分に面白い。  結局、返事がないので、とりあえずボタンを押してしまう。ピンポーンという軽やかな音の後、ほどなくして店員さんがとことことやってくる。丁度、あやかをみて笑ってたあの店員さんだ。  「えーと、このイチゴパフェでお願いします。……あやかは? 抹茶パフェ? それかかき氷?」  店員さんに注文を通して、あやかの注文を聞く段階になっても、あやかは未だに頭と一緒に身体を捻ってた。そろそろ頭が背中のほうを向きそうだけど、それでもなおむむむと考え事をしているみたい。  ちょっと呆れて、その様子を見ていたら、ようやく何かを決心したのか。ぐるん、と身体が正面に巻き戻ってきた。そして、ふんと鼻を鳴らすと、私のことじっと見つめてくる。  何を想ったか、どことなく真剣な顔で。  一体の何を考えているのやら、と肘をついてその様子を見守っていると。  「……よし!」  そう言うと、あやかは意を決して店員さんに向き直った。  私と店員さんは、そろって首をかしげるばかり。  それから、あやかはメニュー表を店員さんの前にかざして注文し始めた。  「抹茶パフェと」  まあ、そうよね。  「生チョコかき氷と」  あれ、抹茶じゃないじゃん。  「バナナサンデーと」  てか多くない?  「…………チョコミントパンケーキで」  …………最後だけ迷ったな。  店員さんはメニューを書き留めると、笑顔で私達の元から去っていった。  残されたのは、何が何やらの呆けた私と、ふんすと何かを決めたあやかだけ。  「すんごい食べるじゃん。というかチョコミント、そんなに好きじゃないんじゃなかったっけ?」  「…………………………」  問うてみるけれど、あやかは腕を組んでふんと胸を張っているばかり。一体何を考えているのやら。  程なくして、私の前には目線の高さと並ぶくらいの大きなイチゴパフェが、そしてあやかの前にはそれと並ぶくらいのスイーツの山。  そうしてからいよいよ手をつけようかとスプーンに手を伸ばしたら、あやかは突然天井を仰いでなにやらぼやき始めた。  「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」  そう言って。  ちらっと。  ちらちらっと。  私のことを、窺ってくる。  そこまで来て、察しの悪い私はようやく理解する。  このまだ出会って一週間程度の友人がなにを想ったか。  さっき、懐事情を思わず口にしてしまったのが、まずかった。    どうにも気を遣われている、らしい。  私の懐事情と、多分、私が初めてこういった場所に来たと言うところまで、考えて。  そして、なんともわざとらしい感じで。嘘をつくのが下手というか、根がいささか素直すぎるというか。  押し付けにならないように、あくまで私が手伝うという、そういうていで。  多分、私にいろんなスイーツを、食べさせるためだけに。  独りでこれだけのものを食べて、多分、支払いまでしようとしてる。  ……………………はあ。  そんなあやかを見てほんのりと、微かな怒りが私の口をついていた。  「もうちょっと、マシな嘘ないの?」  ちょっと藪にらみで睨むと、気まずそうに視線が逸らされた。  「…………………………」  「それ実質、私があやかに一方的に奢られてるでしょ。友達同士なのに。そっちが一杯払って、私が何も知らない顔して呑気に食べてられるとでも想った?」  逸らされた視線がゆっくりと俯いていく。宿題をしてないのがバレた子どもみたい。  「…………だって、あんまりお金ないの、知らないで私のわがままで誘っちゃたし……。だけど折角初めてなら一杯、楽しんで欲しいし、そういう想い出にして欲しいし……」  そう言って言い訳するさまは、そのまんま宿題をしてない言い訳をする子どもみたい。私がため息をつくと、ますますあやかはうつむいて、肩をしょんぼりと落としてく。  私は軽くため息をついて、その俯いたおでこをピンと跳ね飛ばした。  ヒンと少し涙目になりながら、あやかは額を押さえてる。ま、デコピンをしたのは振りだけで、ほとんど痛くないはずだけど。  そんなあやかの顔を見てたら、ちょっとだけ溜飲は下がってきた。  あやかが私のことを想ってやってくれたのはよくわかってる。  というか、私が変にお金のことを喋ったのが原因みたいなとこあるし、あやかは何も悪くない。奢られるのが気に食わないって言うのも、結局は私のわがままだ。  折角だから、あやかが一杯私に楽しんで欲しいと想うのも、私がそれをあやかの負担の上では楽しめないと想うのも、結局はどっちもわがままだ。  だから、まあこの話はどっちにも落ち度があるというか。どっちもどっちというか。あと、ちょっと泣きそうなあやかの顔を見てたら、仕方ないなあって気分になってきたのもある。  でも、やっぱり友達同士で、一方的に奢られるのはどこか気に食わない。  「ね、あやか」  「…………ん」  「今度、こういうことするときはちゃんと相談して?」  「………………うん」  「あと、私、月二千円でもちゃんと貯蓄してるから。これから変な気は使わないこと、今日は私も半分出すからね?」  「はぁい、勝手に一杯頼んでごめん…」  「いいよ。気を使ってくれたのはわかったから。あとは―――」  「うん」  そこまで口にして、ふぅと自分の息が詰まりかけてたのを少し抜く。  だって、目の前にしょんぼりと肩を落としているあやか。折角、たくさんのスイーツが目の前にあるのに、その表情は浮かばない。  私もこんな表情が見たかったわけじゃない。  だって、私の初めてのスイーツ巡りを楽しくしたくて、こんなことしたんでしょ?  自分のわがままって言うていで、私が笑えることを考えてくれたんでしょ?  じゃあ、それでいいんだ。伝えたいことはもう伝えたし。  「急に怒ってごめん。もう、怒ってないからいつも通り笑ってて?」  その俯いて、下がってしまったあやかの頬にそっと指をあてて、きゅっと無理矢理釣り上げてみる。  落ち込んだ顔が無理矢理、口元だけ笑顔になって、ちょっと面白おかしい顔になってる。そのままぎゅーっと上に釣り上げてみたら、あやかは「うむむ」と何ともいえない声で唸り始めた。  それが面白かったから、もうちょっと釣り上げ続けてみる。  「むぐぐ」  もうちょっと。  「むにゅにゅにゅ」  あと少し。  「もにょもにょもにょ」  うーん、愛嬌あるね。見てて飽きない。  「もにょわー!!」  あ、キレた。  私の無理矢理笑顔大作戦から脱出したあやかは、ぶるぶると首を振ると表情をリセットする。そんな様でさえ大げさで、わかりやすくて、見ていて飽きない。  「笑顔は無理矢理じゃなくて、自然と出てくるもんだぜぃ!」  「なるほど? はい、じゃあ、あーん」  とりあえず手近にあった抹茶パフェをスプーンですくって、目の前に差し出してみた。  「はにゅむっ!!」  ほぼ間髪入れずに、スプーンにあやかが食いついてくる。スプーンを咥えたあやかは程なくして、恍惚とした表情でほおを緩ませ始める。そんな姿に思わずくすっと笑っていたら、あやかはまた悪そうな顔をして、スプーンを両手に構えてた。  もう落ち込みはいいらしい。いやあ、機嫌の直りが早すぎでしょ。そういうところが、いいとこだとは想うけど。  「ふふ、スイーツ初心者のお嬢さん、最初はどれから行っちゃうんだぜ?」  「じゃー、あやかのお勧めで」  「ふふふ、私にお勧めさせると言うことはー?」  「あ、抹茶一択じゃん、これ」  「ふふ、察しがよろしい!」  そう言って、あやかが差し出してくるスプーンを、微笑みながら頬張った。  甘い、少しほろ苦いけど、それが甘みを引き立てて、ただクリームよりずっとずっと甘く感じる。そんな甘さが口の中に広がっていく。  それから、私たちは特に意味はないけれど、おたがいにあれやこれや言いながら、食べさせあいっこをしていた。普段、教会の寮でいるあいだは絶対しない、そんなやりとりを誰に邪魔されるでもなく、私たちは溢れるばかりのスイーツをただ笑って食べさせあっていた。  本当に食べきれないって想っていた量だったけど、なんでか不思議なもので、気付けばあっという間に食べ尽くしていたりして。  帰ったら寮のご飯があることなんて忘れたまま、私たちはただスイーツをお腹いっぱい堪能した。  ちなみに、チョコミントは私は結構おいしかったけど、あやかに食べさせたらちょっと眉を寄せて考え込みながら食べていたのが、少し面白かったかな。  
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