クール聖女とアンラッキーギャル

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ぼーしょく 下 ※  「食べたぜ……」  「食べたね……」  結局、二人してパフェ二つにパンケーキかき氷まで平らげた。  平然と入った自分の胃も信じられないし、「帰りにしょっぱいの食べたいなー」なんて言ってるあやかも信じられない。  夕食をちゃんと食べられるかだけが心配だけど、ぼやいたあやかに「いける、いける」と無責任に笑われた。その言葉を聴くと、不思議といけてしまいそうなのはなんでだろう。  とりあえず、二人でお腹を押さえながらしばらく、食べた余韻に浸ったあとに、私はふと思い立って時計を見る。  教会を出て一時間と少し経っている。もう少ししたら、あやかと別れて早めに戻らないといけない。シスターからの詰問を想うと少し憂鬱。  なんて思考をしていたら、対面のあやかは何を思い立ったか、携帯を触りだすと何やらにたにたと頬を緩め始めた。  「どうしたの?」  と、声をかけるとあやかはにまっと笑って、私にその画面を向けてくる。映し出されているのは、さっき食べたスイーツの山。それを満足げに頬張っているあやかと、時折仏頂面で口に運んでいる私の姿。  そう言えば、食べてる途中、しきりに写真を撮っていたっけ。  「ふふふ、いい顔してるでしょ」  「そうね、美味しそうに食べてる」  「やっぱ顔がいいからなー」  「急に自画自賛するじゃん、まあ否定はしないけど」  私がそう言うと、あやかは不思議そうに首を傾げた。私も何か違和感を感じて同じように首を傾げる。それから数瞬後、ああ、と同時に答えに思い至る。  「いや、みやびの写真の話だよ?」  「私はあやかの写真の話をしてた」  お互いが、お互い相手の写真の話をしてたわけだ。こういうのなんていうんだっけ、アンジャッシュ?  なんでかちょっと恥ずかしい気持ちになりながら、途中で追加で頼んだミルクティーをストローで啜る。そんな私にあやかはにんまりと笑みを向けると、ちっちっちと指を振ってくる。  「私の顔はお眼鏡にかないましてか?」  顔はほんのり紅い癖に、ちょっと調子に乗ってこっちを見てくる。それが妙にむっと来たので、あえて逃げずに目を真っすぐ見つめて答えを返してやる。  「うん、可愛い。眼元が綺麗だし、口元が潤んでて煽情的だし。動揺したときの表情が嗜虐心そそられて、私が男なら襲ってる」  こういうのは引いたら負けだ。  案の定、そこまで言ってのけてやると、あやかの調子に乗った笑みがぷるぷると震えてきて、顔から耳まで苺みたいに真っ赤に染まってく。  「しょ……しょうですか……」  そして最後には声がしぼんで、真っ赤な顔のまま俯いていく。  よし、勝った。何に勝ったかはわかんないけど、とりあえず勝った。  内心ガッツポーズを決めながら、それとなく目を逸らす。恥ずかしさの押し付け合いでは勝ったけど、私も私でさらっととんでもないことを言ってしまった気がする。冷静に振り返るとこっちまで顔が赤くなりそうなので、素知らぬ顔で既に氷だらけのミルクティーを啜っておく。出来たら早めに熱くなりかけた頬が冷えるように。  ただ、そこから十秒くらい、微妙に気まずい沈黙が流れ出す。  いや、やっぱり、襲うとかいう発言はちょっとまずかったかな。表現が結構下品だし、ちゃんと冗談として受け取っといてもらわないと、色々と今後の関係に支障が出そう。  なんてちょっと考え込んでいるときに、あやかははっとした顔になって、ぽんと手を打って何かを思い出したように顔を上げた。まあ、まだ頬が赤いから羞恥は抜けきってなさそうだけど。  「そ、そうだ。折角だし写真送るよ! みやび、携帯の連絡先教えてよ!」  明らかに無理矢理な話題転換だけど、私としてもそっちの方が都合がいいので、のっておくことにする。ストローを口から離して、ポケットに手を入れかけたところで、思わずあー、と声が口から零れる。  「……ごめん、私そういうのできないんだよね」  そんな言葉に、あやかは不思議そうに首を傾げた。  「…………?」  「……私の携帯ほんとに電話とメッセージしか送れない奴でさ。てか、スマホですらないんだよね、だから写真とか受け取れないかも」  「あー、なるほど」  たまに人と交流するときに言うと、気まずくなる言葉筆頭だ。私のポケットに入っているのは、本当に最低限の機能しかないガラケーで、しかもシスターとの事務連絡くらいにしか使われてない。クラスのグループラインのようなものにも、私はそのせいで入っていない。まあ、はいったところでって感じではあるけれど。  「ごめん」  ただそんな私の言葉に、あやかは不思議そうに首を傾げた。  「そんじゃあ、帰りにコンビニよってプリントしてく?」  「…………そんなことできるの?」  「できるできる。あ、それよりラインがないなら、携帯番号教えてよ。そっちでは連絡取れるでしょ? 私のも書くからさー」  「あ、ああ、うん…………」  あやかは特に困った風もなく、いそいそとカフェのナプキンに電話番号を書き始めた。私もそれに倣って、書き始めるけど、正直まだ面食らってる。  なんというか、この子は、本当にいい意味で細かいことを気にしない。私の方がむしろ気にしすぎているのかもしれないけれど、どっちかっていうとこういう事情は伝えると困惑される方が多かったはずなんだけどね。  「電話番号でやり取りとか、久しぶり……いや、なんなら初めてかも?」  「私はそもそも、人と番号交換するのが初めてかも……」  「意外と電話番号使わないもんねえ、なかなか、携帯電話と言いつつね」  そういってあやかは変わらずけらけら笑ってた。私はその様に軽く肩を落として、ふうと思わず息を吐いてしまう。クラスメイトと携帯の話をするときは、擦れ違いが当たり前だったからつい身構えてしまってたみたいだ。  紙ナプキンに書いた番号をお互いに確認して、私はそれをカバンのなかにそっとしまった。物証が残ってるのはあんまりよくないから、後でちゃんと暗記しておこう。  なんて想っていたら、不意にポケットの携帯がブーンとなった。  え? シスター? わざわざ電話まで掛けてきた?  なんて一瞬警戒してしまったけれど、開いた画面に浮かぶ文字は、丁度さっきみた数字の列で。  対面にいる誰かさんがにやにや笑いながら、携帯を耳に当てていた。  「もしゅもしゅ、みやびさんちのお電話ですか」  「いや、対面で聞こえてるっての」  「にひひ、どうやら番号は間違いないようですな」  「そりゃそうでしょ……」  そしてどこか満足げなあやかの笑み共に、携帯が静かになる。画面を見ると確かに着信履歴であやかの番号が残っている。シスターと教会以外の着信履歴が残っているのがなんとも不思議な感じがする。ま……、多分消しといたほうがいいんだけれど。  ただ、この瞬間、謎の電話番号からかかってきた記録が、私の携帯に残っているのは。  なんというか、少しだけ面白くって、こっそりほくそ笑んでしまう。  「ふふ、じゃあ、名残惜しいけど。そろそろ行きますか、写真も印刷したいしねー」  「うん……、あ、ちょっと待って」  そう言って立ち上がりかけたあやかを、ふと思い立って呼び止める。  そういえば、今日、教会で祈っているときに思い立ったことが一つあったんだった。  ちょっとした実験に近いけど、試してみる価値はあるだろう。  不思議そうに首を傾げるあやかをちょっと手招きして、そっと頭を下げさせる。  「ぬ?」  「もっと」  「ぬぬ?」  「そう、それくらい」  半端に立ち上がった姿勢のまま、あやかの頭が私に差し出されるような形で、眼前に降りてくる。そうして見えた、くるくるした茶髪の向こうに何かにぶつけたような古傷がある。……これはそんなにすぐに治せそうにないかもね。  「はっ! さては、治療しようとしてない?!」  何かに気付いたか、あやかが慌てて頭を上げようとしたから、両手でがちっと掴んで逃げられないようにする。半端に立ち上がった姿勢のせいで、うまく起き上がれないのかぱたぱたとあやかの手が脇で空を切るばかりだ。  「それもしたいけど、また今度かな」  古傷に関しては、一度では治らないから段階的に『奇跡』を掛けていくしかない。時間もかかるし、今日はそれはいいだろう。  今回やりたいのは別のこと。  「よ、よかったあ…………………………。今日持ってくるの忘れてる気がするし…………」  なんかぼやいてるあやかのことは置いておいて、私はすっと眼を閉じて、あやかの頭に両手を添えたままじっと祈る。  信徒以外に使ったことはないから、どれくらいの効果があるかはわからないけど。  ふぅーと長めに息を吐いて、じっと自分の中の何かが手のひらを通してあやかの身体に流れ込んでいくようなイメージを。  ゆっくりと、ゆっくりと。  聖句と一緒に言葉を紡ぐ。  『迷い子』に『祝福』を。  ぼうっと手のひらが微かに光りを讃えるのを感じながら。  もう一度、ゆっくりと長く息を吐いて、そっと、あやかの頭から手を離した。  「…………えと、今のは?」  ようやく首をあげたあやかはどことなく顔を赤くして、そう聞いてくる。  「んーと、『祝福』の奇跡かな。不運から身を守ったり、悪霊取り憑かれないようにするためのやつ。あやかよく怪我するから、もしかたら効くかもって想ってさ」  ただ、特定の結果を狙った治癒とは違って、曖昧な奇跡だから、結構効果が実感できるかは人次第ってところもある。  それでも、あやかの不運が何かしら概念的なものが作用していた場合は、これで解決する可能性がある。あんまり長く効く奇跡じゃないから、都度かけ直しはいると想うけど。  「な、なーるほど、い、いつもよりじんわり……暖かくて……長めに……クる感じだったから。なんかこれはこれで別の感触……」  「……? 奇跡にそんな作用ないけど? 熱いのはシンプルに私の手の熱じゃない?」  「…………ははは、そっか……ははは、ところでちょっとトイレ行ってくるね?」  「ん、行ってらっしゃい」  そう言って席を後にするあやかの顔はどこか赤い。……実は熱を感じる副作用が私が知らないだけであるんだろうか? いやでも、本当にそんなことは、とんと聞いたことが無いけれど。  「いったぁあっ??!!」  それはそれとして、どことなく慌ててトイレに向かおうとしたあやかが、思いっきり椅子に足をぶつけているのを見て私は深くため息をついた。  あれは概念的な不幸とか特になく、シンプルにあやかがドジなだけなのかも。いや、ドジでカラスに蹴られはしないから、やっぱりそういうのを超越した不運なだけか?  一体、どうすればあの不運は収まるんだろ……。  そうやって思い悩みながら、私はあやかがトイレか出るのを待っていて。  そうして、トイレから出てきたあやかは、ちょっと涙目で「やっぱり忘れてた……」と、何故か乾いた笑いを浮かべてた。  いったい何を忘れたのやら、そんな顔に思わずふふっと笑う。それから帰り際にコンビニでたくさん写真をプリントしてもらって、私たちは別れた。  帰り道、写真の中で幸せそうに抹茶パフェを頬張るあやかを眺めて、私も何でか同じように笑ってしまった。  鞄のすみに誰にも見られない場所に、そっとその写真たちをしまいながら、日も暮れかけた帰り道を軽い足取りで歩いていった。  まだ口の中にほのかに残った甘さを感じたまま。
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