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「王都に戻って、シナモンの香りを嗅いだとき、思い出したんだ」
「なにをですか?」
「ペンダントを交換したときのことだよ。具体的には、そのあとのことなんだけど」
「そのあと、ですか」
「シナモンが効いた菓子を食べてさ、くちの中にその味が広がってね。ああ、この味はって。あのときミアと――」
「わかったので言わなくていいです」
それ以上言わせてなるものかと制止したのに、レノは逆にちからを込めて話しだした。立ち上がり、ミアの隣に腰かけてくる。
距離が、距離が近い、急に近い。
「ものの本によれば、はじめてのくちづけは、レモンの味がするとか、ハチミツのようだとか、諸説あるけれどね。僕にとってはシナモンの味だったよ。ミアはどう?」
なんて意地悪なことを言い出すのか、このひとは。
そんなの、決まっているじゃないか。だってあのとき、わたしたちは母のレシピで作ったシナモンクッキーを一緒に食べていたのだから。
涙目で睨むと、すぐ近くに整った顔があった。にやりと楽しそうな笑みを浮かべている。
蠱惑的な笑みに心臓が高鳴り、顔に熱が集中してくるのが自分でもわかる。
透き通った紫の瞳がきらめく。眩しくて見ていられない。
近づいてくるそれに思わず瞳を閉じた。
温かい息と柔らかな感触。
過ぎ去った遠い昔の思い出がよみがえり、なんだか泣きたくなった。
「やっぱりシナモンの味がするな」
「……道中、馬車でお嬢様と一緒に試食をしました」
「お行儀のよいあの子にしては珍しい行動だ」
「叱らないであげてください。そそのかしたのはわたしなので」
「叱ったりはしないさ。あの天使は、僕に大切なものを届けにきてくれたんだから」
そう言って笑った顔は、ついさっき見せていた艶やかな顔とは異なり、どこか懐かしい無邪気な笑顔。
その笑みにホッと緊張がゆるんだとき、レノのお腹がくうと鳴る。連動するようにミアのお腹も音を奏でた。
ふたりで笑い、今度こそ焼き菓子に手を伸ばす。
対面ではなく隣に座り、紅茶を飲みながらひとしきり昔話に花を咲かせたのだった。
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