初恋はシナモンの味がした

10/10
前へ
/10ページ
次へ
「王都に戻って、シナモンの香りを嗅いだとき、思い出したんだ」 「なにをですか?」 「ペンダントを交換したときのことだよ。具体的には、そのあとのことなんだけど」 「そのあと、ですか」 「シナモンが効いた菓子を食べてさ、くちの中にその味が広がってね。ああ、この味はって。あのときミアと――」 「わかったので言わなくていいです」  それ以上言わせてなるものかと制止したのに、レノは逆にちからを込めて話しだした。立ち上がり、ミアの隣に腰かけてくる。  距離が、距離が近い、急に近い。 「ものの本によれば、はじめてのくちづけは、レモンの味がするとか、ハチミツのようだとか、諸説あるけれどね。僕にとってはシナモンの味だったよ。ミアはどう?」  なんて意地悪なことを言い出すのか、このひとは。  そんなの、決まっているじゃないか。だってあのとき、わたしたちは母のレシピで作ったシナモンクッキーを一緒に食べていたのだから。  涙目で睨むと、すぐ近くに整った顔があった。にやりと楽しそうな笑みを浮かべている。  蠱惑的な笑みに心臓が高鳴り、顔に熱が集中してくるのが自分でもわかる。  透き通った紫の瞳がきらめく。眩しくて見ていられない。  近づいてくるそれに思わず瞳を閉じた。  温かい息と柔らかな感触。  過ぎ去った遠い昔の思い出がよみがえり、なんだか泣きたくなった。 「やっぱりシナモンの味がするな」 「……道中、馬車でお嬢様と一緒に試食をしました」 「お行儀のよいあの子にしては珍しい行動だ」 「叱らないであげてください。そそのかしたのはわたしなので」 「叱ったりはしないさ。あの天使は、僕に大切なものを届けにきてくれたんだから」  そう言って笑った顔は、ついさっき見せていた艶やかな顔とは異なり、どこか懐かしい無邪気な笑顔。  その笑みにホッと緊張がゆるんだとき、レノのお腹がくうと鳴る。連動するようにミアのお腹も音を奏でた。  ふたりで笑い、今度こそ焼き菓子に手を伸ばす。  対面ではなく隣に座り、紅茶を飲みながらひとしきり昔話に花を咲かせたのだった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加