初恋はシナモンの味がした

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 大通りへ出る道の手前。事前に打ち合わせた場所に、二頭立ての馬車が一台停まっているのが見えた。  御者台にいるのは、伯爵家の厩番のひとりだ。帽子を目深にかぶり、顔を見せないようにしているようだが、さきほどからチラチラと脇道を気にしており、ミアの姿を見たとき肩が跳ねた。 「よかったら乗っていか、いかがないか」  演技、ヘタすぎ。  幸いにもマーガレットは御者の上ずった声には気づかないようで、ミアの手を引いて、「ばしゃ、あれがいいわ」と足踏みをする。いまにも走り出しそうなのを我慢しているようすに、ミアは笑みを浮かべた。 「そうしましょうか。道の向こう側へ行くときはどうされるか、憶えていらっしゃいますか?」 「みぎとひだりとみぎと、まわりにだれもいないか、かくにん!」  手をつないで馬車のもとへ向かう。  マーガレットは大きな声で「おうきゅうまでいきたいの」と宣言。御者役の男は笑み崩れて「参りましょう」と答えた。  揺れる馬車に隣り合って座る。床につかないため足をぶらつかせるマーガレットをたしなめつつ、ミアは物思いにふけった。  まったくおかしなことになったものである。王都で暮らすだなんて思ってもみなかった。  憧れはあったけれど、母が亡くなり、やって来た後妻とその連れ子が大きな顔をするようになったため、ミアはおよそ貴族令嬢としての教育を諦めざるを得なくなった。地方にある初等科学院を卒業したあと、王都の貴族学校へ進学する予定だったけれど、その権利は義妹へ移ってしまったからだ。  幸いにも、母からひととおりの教育は施されていた。  母の生家については濁されてしまったので多くは知らないのだが、それなりに厳しい家に育ったのだろう。淑女のマナーについては徹底的に叩きこまれたし、勉学についても同様だ。  母はじつはとても頭のよい才女だったのではないかとは、家を出てから気づいたことだ。おかげで、渡り歩いて生きてこられた。  いまなら、カーターに訊ねれば教えてくれるのかもしれない。  母は、どんな娘だったのだろう。
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